1章の2 「英雄の歴史」
黄金色の長い髪、雪のように白い肌、紅い唇、澄んだ空のような青い瞳。
これが……私?
いいえ、そんな筈がない――そんな事ある訳がない!
私には自分が醜かったという記憶がある、この記憶は間違いがない筈。
じゃあなぜこの鏡は私の知っている絵の女性の姿を映しているの?
なぜ私の顔はこんなにも美しいの?
その答えを聞くためにレオンを見た。
「驚かしてしまってすみません。あなたが女神リア姫の姿を覚えているのならば、実際に見てもらったほうが早いと思いまして」
「これはどういう事なの? この姿は私じゃない!」
「ええそうです。その姿はあなたとは全くの別人です」
そうきっぱりとレオンは言う。
「そしてまずご安心ください。あなたの本当の体は保管し、存在します」
「…………」
本当の体と言われ抵抗を感じる。
レオンが私を安心させようと言ったはずなのに、嫌悪感さえ湧いてしまった。
「これは私と王の身勝手な行為です。ですがどうか私の話を聞いてはもらえないでしょうか?」
彼の言葉に、動揺した気持ちが少しだけ冷静さを取り戻す。
「……説明してください」
その言葉にレオンは胸に手を当て軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた……。
「ではまず、あなたの今の姿、女神リア姫の事からお話します。リア様はその姿を絵としてしか覚えていらっしゃらないようですが、その絵の人物は女神リア姫と呼ばれ、今から千年以上も前に実在した人間です。そして彼女が女神リア姫と呼ばれるに至った理由は、彼女がこの世界を――いいえ正確には私達が住む大地サハを作り出してくれた事から始まります」
「作り出す?」
「はい、あくまでこれは歴史の文面として伝えられている事なので、どこまでそれが正しいのかは解りませんが、歴史に残された文面に少し補足を加えながら説明させてもらいますと……」
そう言って話し出した彼の言葉は、まるで作り話のようだった。
レオンの話によると、千年以上前この世界に滅びの危機が訪れたらしい。
歴史の文面にはその時どのような世界が構成されていて、どのような形で滅ぶに至ったのか記されていないが、その時代に生きる人々は世界が滅んで行く事にただ絶望し、死を待つ事だけしかできなかったと書かれていたそうだ。
だが絶望の次に希望の歴史が刻まれていた。
それは女神リア姫の存在。
当時まだリア姫と呼ばれていた彼女は、希望を捨てず一人でも多くの人を救いたいと願っていた。ただひたすら純粋に願い、やがてその願いは彼女に大いなる力を与えた。
しかし、その力は命の代償を伴うものだった。
心優しいリア姫は、自身で作り上げた新たな大地に多くの人間を移住させ、人々が未来永劫そこで生きていけるように大きな力を込めながら、力尽きたという。
彼女の作った新たな大地の名前はサハ――私の生きる世界の名前。
「リア姫の作り上げた大地サハとそこで生き残った人々は、彼女が亡くなった後も彼女の力に守られ続けています。人々はリア姫を英雄リア姫と呼び、彼女の恩恵を忘れる事のないように文面として残し、彼女の姿が決して忘れられないように絵や銅像、様々な形で彼女を残しました……」
「…………」
レオンは私に解り易いよう女神リア姫の説明をしてくれていたが、途中から違和感のようなものを覚え、私は半分聞き流すように彼の言葉を聞いていた。
なぜなら、この話を知っているような気がしたからだ……。
何度も何度も繰り返し聞き、何度も何度も繰り返し読んだ事があるような感覚。
私の今思い出した記憶が正しいのならば――レオンは次にこう言うはず。
「そして英雄リア姫は、時が経つにつれて女神リア姫と呼ばれるようになった。それは彼女が誰よりも美しかったから……」
「!!」
私の言葉にレオンは驚きの表情を見せた。
「記憶を思い出したのですか?」
そう言われ首を横に振った。
「レオンが話してくれた事を、どこかで聞いた事があるような気がしたんです。それに彼女の存在は私にとって特別だったような気がして」
ああそうだ……。
特別だったんだ……。
私は女神リア姫に憧れていたんだ。
彼女がどれだけ大きな力を残したのかそれを思い出す事はできないけど、私は女神リア姫の姿に憧れていた。醜い自分とは正反対の自分と同じ名前の彼女に希望を抱き、彼女に願い続けていた。
どうかどうか――醜い私を美しくしてくださいと……。
じゃあ今の私の姿は、私の願いが女神リア姫に届いたという事だろうか?
だけど私の姿は美しくなっただけじゃない、女神リア姫の姿をしている。
これはどういう事だろうか?
「そうですか。確かにこの話は学校でも教会でも絵本の中でも、子供の頃から何度でも教えられる事です。そしてリア様が特別と仰いましたように、彼女の偉大な力と美しさは人々にとって憧れの存在です。リア様もきっと何度もこのお話を聞いていて記憶を少し戻されたのかもしれませんね」
その言葉に私は一度頷き、すぐにレオンに問う。
「だけど……私の覚えていた絵が女神リア姫である事を思い出したら、余計に解らなくなりました。なぜ私は女神リア姫と同じ姿をしているのですか?」
その問いにレオンは躊躇った表情を見せた。
「……そうですよね。どんなに人道に反した事であろうとも、あなたには話さなければいけませんよね。正直、気が重いです」
レオンは溜息をつきながら一度目線を私から逸らした……。
やがて何か決心したように再び私を真っ直ぐと見つめる。
そして彼は信じられない言葉を放ったのだ。
「あなたの今の体は、女神リア姫本人の体です」
「!?」
レオンの言っている事が理解できなかった。私の今の体が女神リア姫本人? そんな筈がない、彼女は千年前にいた人間でこの世には存在しないのだから。
彼はまるで私の心を読み取ったように、言い方を変えた。
「正確には女神リア姫の死体と言ったほうが正しいでしょうか……」
思わず呼吸が止まる。
「……死体?」
「はい、あなたはまだこの世界のほとんどの事を思い出せていないので、理解できない事が多いでしょうがそれを承知の上でお話致します」
そう前置きをし、彼は説明を始めた。
「私達の住む大地サハは氷の海で覆われています、そしてその奥底には千年も前、かつて世界の危機が訪れ滅びた大地が存在しました。その大地の名前は解りませんが私達が今住むサハよりも大きく、文明も栄えていました。私達は昔から厚く凍った氷海を掘り、過去の発達した遺産を見つけ出し、それを補えるエネルギー範囲で利用していました」
彼の言っている事のすべてが理解できなかったが、レオンの言葉を黙って聞いた。
「そしてちょうど一ヶ月ほど前、信じられないものが発掘されたのです……それは、女神リア姫の死体でした」
「!!」
「千年という月日が経っているのにも関わらず、美しさをそのままに残し彼女は眠るように氷の中で死んでいたのです」
記憶をほどんと失っている私でも十分にそれが凄い事なのは伝わった。
そして彼が今その事実を私に話した事で、今自分に起こっている現象を予想する事もできた。
私の今の姿は、本物の女神リア姫の死体を利用している……?
そんな事が可能なのだろうか?
疑問は数え切れないくらい浮かんだが、私は彼の言葉の続きを聞く。
「女神リア姫の死体はすぐに今私達のいるミルフォード城に届けられ、大地サハを治めるクラウス王と対面しました。王は一目見て死んでいる女神リア姫の虜になりました。もともと美しい物を愛するお方で、特に女神リア姫の美しさは昔から愛し焦がれておりました」
レオンは一度そこで話を区切り、ゆっくりと口を開く。
「そして――クラウス王は私に命じたのです。どのような形でも良いから女神リア姫を動かせと」
「……!!」
一瞬目眩がしたが、咄嗟に反論した。
「そんな、死体を動かせなんて、そんな事できる訳が!」
しかし彼は首を横へと振った。
「可能だからあなたが今、女神リア姫の体で私とこうして話しているのです」
彼の最も説得力のある言葉に思わず息を呑む。
けど私には女神リア姫を動かしているという自覚はない、この体が本当に彼女の死体だというのならば私はどうやって……。
「では、私はどうやって女神リア姫の体を動かしているというのですか?」
「クラウス王は動かせと命令しましたが、動かしているという表現は間違っていますね……正確にはあなたの魂が女神リア姫の体に移ったと表現するほうが正しいですね」
「魂が移った?」
「はい。過去の遺産は今の大地では扱いきれないエネルギーを要する物ばかりですが、それさえ補える事ができればあらゆる事が可能になります。今回あなたに行った魂を死体へと移動させる――という事も、膨大なエネルギーを要しましたが過去の遺産を使って実現させる事に成功しました」
「…………」
レオンの言っている言葉は相変わらず難しかったが、彼が何かしらの物を使い私の魂を女神リア姫の体に移した――という事は伝わった。
それじゃあ、この体は……本当に女神リア姫の体?
私がずっと憧れていた本物の女神リア姫の中に……私がいる?
心の奥底で微かな高揚感を覚えた。
このような状況で私はなぜこんな気持ちになれるの……。
彼が最初に言っていたように、これは人道に反した事だ。私にもそれくらいの事は解る。彼女は英雄であり女神なのだ、私のような醜い者が彼女の魂になっているなんて許されるはずがない……。
そうだ、そもそもなぜ私なのだろう?
どうして私が女神リア姫の中にいる?
「あなたの言っている事がすべて事実だとして、解らない事があります。どうして私なのですか? 私の記憶の中でも女神リア姫がどれだけ素晴らしい人物なのかは理解できます。だからこそ、余計に解りません……なぜ、私が女神リア姫の中にいるのですか? 他にもっと素晴らしい人がいるはずです」
私がそう問う事を予想していたのか、レオンはその疑問にすぐ答えてくれた。
「女神リア姫の魂になれる条件は、女性である事、彼女と似た体格をしている者、ただそれだけ満たしていれば誰でも入る事は可能です。そして、一度女神リア姫に入った者が他人の死体に再び入る事はできませんが、厳重に保管された自身の体なら戻る事はできます。したがって女神リア姫自身の体には簡単な条件さえ満たせば、誰でも何度でも入る事が可能なのです」
「…………」
それはつまり誰でもよかったという事だろうか?
女神リア姫の死体に何度でも他の人が入る事ができるのならば、試験的な形でとりあえず私を入れてみたと考えた方が納得できる。
もしかしたら私は何人目かなのかもしれない。
気持ちが暗くなり、視線が下へと向く。
レオンは私の気持ちを察したのか、すぐにこう言った。
「しかしそれを行うためには先ほども申しましたように膨大なエネルギーを要します。そのため、何度でも女神リア姫の体に魂を移す事が可能だったとしても、そんな事をしていたら大地サハの生命は枯渇してしまうでしょう。ですから私があなたを、女神リア姫の中に入る一番の適任者として選ばせていただきました」
その言葉に私は顔を上げた……。