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2章の4 「王様の部屋」

 少しだけの休眠と思って横になったつもりが、目覚めると夜になっていた。部屋の中は明るいが窓から見える外の景色は真っ暗で何も見る事が出来ない。

 あれから私は何時間くらい眠っていたんだろう?

 ベッドから起き上がり自分の体をまず確かめる。レオンから貰った薬が少し効いているのか、頭痛と筋肉痛が若干和らいだような気がする。体の倦怠感は相変わらずで、今起きたばかりなのにまた眠気を感じてしまうくらいだ。


 美味しそうな匂いにつられテーブルの方に近づくと、食事が置かれている事に気づく。ソファーの上には綺麗に折り畳まれた寝巻きがあって、きっと夕飯の時間になって訪れた双子が気を遣って私を起こさずに置いていったのだろう。

 今朝から体調不良であまり食べていなかったためか、お腹がぐぅと鳴る。

 寝てばかりなのにお腹ってこんなに空くものなのだな――そう思いながら双子が用意してくれた食事を食べる事にした。パンにソーセージ、揚げたジャガイモ、ドライフルーツ、鍋に入っていたまだ温かいお肉と野菜の入ったシチューは特に美味しくて、思っていたよりもたくさん食べてしまった。


 食べ終わった後は服を脱ぎ、銀の容器に入っていた少し冷めたお湯の中に入っていた布をぎゅっと絞り、それで体の汚れを拭う。手順を知っていたのは昼に着替えをする前に、双子が私にしてくれたからである。だけどあの時は裸を見られる気恥ずかしさとくすぐったさで落ち着かなかったため、むしろ余計に汗をかいてしまったような気がする……。

 妃候補なのだからこのくらい当たり前と双子は言っていたが、やっぱり自分で体を拭いた方が安心する。一人の方が恥ずかしくないというのが一番の理由だが、それとはまた別の――なんと言えばいいのだろう、手慣れていると言えばいいのだろうか。恐らく過去の自分が毎日やっていて、自分で決めた拭く順番などがきっとあって、そうする事によって一日の汚れを落とせたような気分になるのだろう。


 ――体がさっぱりとした所で寝間着に着替え、ようやく息をつく。



 そこで考える。

 せっかく少し楽になったのだから何か出来る事はないだろうか? と。

 このまま寝てしまってもすぐに寝れそうな気もするが、何だかそれではもったいないような気がした――かと言って、何をすればいいのだろう?


 そして書き物机の上に置かれた日記の存在を思い出す。

 レオンに貰った日記、記憶を思い出すきっかけになるかもしれない日記。

 ちゃんと真面目に書かなければと思い、椅子に座りペンを持つ……。


『今日は一日中、頭痛と筋肉痛が酷かった。

 クラウス王は相変わらず何を考えているのか解らない人で、どう接すればいいのか解らない。彼にとって正しい答えを返せているといいのだけども、彼は正解を教えてはくれない。もっと慎重にならなければ……。

 それと今日はレオンに大地サハの事を教えてもらった。

 記憶を思い出す事はできなかったけど、女神リア姫の偉大な力を知る事ができた。彼女の恥とならぬように、少しでも美しい振る舞いを――』


 と、ここまで書いていると。

「何を書いている?」

「!!」

 突如誰かに日記を奪われてしまった。

 驚いて日記を奪った相手を見上げると、闇のような美しい男が日記を持っていた。

 そう私の日記を奪った人はクラウス王だった。

 ――なぜ今ここに彼が?

 侍女が部屋に入る時はノックをするから気づくし、王様が帰って来た時はベルが鳴ると思っていたので完全に油断していた。

 もしかして私が眠っている時に王様がすでに帰っていたのだろうか?

 気が動転しながらも、慌てて椅子から立ち上がる。

「クラウス王、帰っていらしたのですか?」

「私は今帰ったばかりだ」

「……? ベルが鳴りませんでしたよ?」

 クラウス王は少し不思議そうな表情を見せ、答える。

「ここの侍女がどう説明したのか知らないが、ベルが鳴る意味は侍女に部屋へ戻れという合図だ。侍女が自分達の部屋に居れば鳴らない」

 双子の説明不足に心の中で大きな溜め息をつく。

 ベルが鳴らない限りクラウス王が突然部屋に入って来る事はない――そう思っていたから、今だって日記を書く事に没頭してしまったし、何よりも下手をしたら体を拭いている時に王様と会ってしまったかもしれない。

 そう考えれば日記を書いている時に来てくれて幸いだったが……。

 ああそうだ、日記を奪われてしまったんだ。

 今さっき王様の事を書いてしまったし、あれを読まれる訳にはいかない。

 何よりも他人に自分の日記を読まれる事ほど恥ずかしい事はない。

「あの、それを返してくれませんか? それは日記なんです」

「ほぉ?」

 彼の持っている日記を盗り返そうとすると、クラウス王は日記を上の方に持ち上げた。クラウス王の身長は私よりずっと高く、手を伸ばしても届かない位置に日記があった。彼は少し意地悪そうに笑いながら、手を高く上げたままパラパラと日記の中身を見た。

「……?」

 彼はふと何かに気づいた表情を見せ、日記を近くで見た。

 後ろの方のページを見ているようなので、日記の内容を読んではいないようだ。

 ではクラウス王は何が気になったのだろう?

「この日記は誰かに貰った物か?」

「……? はい、そうですけど」

「誰に貰った?」

 クラウス王がなぜそう問うのか解らなかったが、答えた。

「レオンに貰いました」

 その言葉にクラウス王の瞳が鋭く闇に変わる。

「……小賢しい事を」

「?」

 クラウス王の言っている意味が解らなく首を傾げる。レオンから貰った日記はただの白いノートだ、王様がなぜそれを見てそう言ったのか理解できなかった。

 彼はその答えを教える事なく、日記を私に返す。

「まぁよい。まだ仕事が残っている、机を貸せ」

 そう言って、クラウス王は私の部屋の書き物机の椅子に座ってしまった。

 もう片方の手に持っていた書類を机に広げ、彼はそのまま無言で仕事を始めだす。

「…………」

 まず彼がこの部屋にいる事に驚き、次に日記の内容よりも日記そのものに興味を抱いた事に疑問を持ち、そして彼が何事も無かったかのように――いや本当に何事もなかったのだが、ごくごく自然にここで仕事を始めた事に戸惑っている状況だ。

 この場合、私はどうすればいいのだろう?

「あの……」

「なんだ?」

 クラウス王は書類から目を離さず返事をする。

「何も聞かないのですか?」

「何を聞くのだ?」

「それは……」

 何と返せばいいのか解らず言葉に詰まる。

 するとクラウス王は私を見た。


「何か聞いてほしいのか?」


 その問いに反射的に首を横に振った。

 彼が問う質問は難しい事ばかりだ、出来る事ならばそんなやり取りは避けたい。

 しかしこの状況には違和感を感じる。昨日は目的は何だと聞いたあと体を捨てろと言い、今朝はクラウス王の心はいらないのかと問いかけてきた。

 けど今はクラウス王が私の部屋で仕事を黙々とこなしている。

 これはこれで非常に戸惑ってしまう。

「リア」

 初めてクラウス王に名前を呼ばれたような気がして、はっとした。

「は、はい」

「ペンが書きづらい、私の部屋の物を取ってこい」

 どうすれば良いのか解らなかった自分に、ようやくペンを取りに行くという目的が出来て救われた気分になった。空気の薄い感じのする自分の部屋をすぐに出て、広い廊下で大きく深呼吸をする。

 クラウス王と向き合って話をするのも疲れるけども、こういう普通? と言うべき状況も疲れる。黙って王様を見ているのも変だし、かと言って自由に部屋で寛いでもいいのかも解らない。そもそもなぜ私の部屋で仕事をしているのだろう――これも中身を判断するための彼のやり方なのだろうか? それとも本当にごく自然に行っている事なのだろうか? レオンならば普通に聞けば解決する事なのに、クラウス王となると緊張してしまってすぐに頭が真っ白になってしまう。こんな調子でこれから大丈夫なのだろうか……。


 不安を振り払うように、ペンを取りに行くという目的の事だけを考える。

 そういえば王様の部屋に入るのは初めてだ。私の部屋があんなに美しいのだから、王様の部屋はどんなに美しく豪華な部屋なのだろう。

 そう想像を膨らませながら、そっと王様の部屋の扉を開けた。


「!!」


 思わず目を見開いた。

 最初は間違って侍女の部屋に入ってしまったのかと思ってしまった。

 しかしここは確かに王様の部屋のはずである。

 侍女の部屋は一番奥だから間違える筈がない。

 だけど。

 想像と違う、イメージと違う。

 この部屋はなんて……なんて。

 狭く、質素な部屋なのだろう。


 ズキン――。


 頭痛を酷く感じ、私の頭の中に一瞬過去の記憶が過ぎる。

 この部屋は――似ている。

 私がこの城に来る前に住んでいた、私の家の私の部屋とそっくりだ。


『リア、今日からここがあなたの新しいお部屋よ』


 私の家族。

 オリヴァー家のお屋敷はそれはそれは豪華だった。部屋の数も持て余すほどにあって、どの部屋も広くて綺麗で明るかった。

 ――だけど私の部屋は侍女の部屋よりも狭くて質素な、屋根裏部屋だった。


 いつから私はあの部屋で暮らしていたのだろう。

 いつから私はあの部屋で暮らす事を受け入れたのだろう。


 一人用の質素な作りのベッドに小さな書き物机、小さな窓から月の光が少しだけ零れていた。暗くて暖炉もない寒々しい部屋。

 私はあのベッドにいつも座り、女神リア姫の絵を眺めていた。

 いえ――違う、似ているだけ、ここはクラウス王の部屋なんだ。

 だけど、なぜ?

 美しい物を愛するあのクラウス王の部屋がこんなにも質素なのだろう?

 なぜ私の記憶をこんなにも揺さぶられるほどに、寂しい風景なのだろう?


 書き物机に置かれたペンを見つけ、それを手に取り自分の部屋に戻った。

 ペンを渡すためではなく、あの部屋の意味を問うために……。



 私が部屋に戻った事に気づき、クラウス王は椅子に座ったまま振り返る。

「…………」

 ペンを硬く握り締め、何と王様に部屋の事を聞けばいいのか迷っていると、彼はそれを察したようだ。

「私の部屋はさぞ豪華だったろう?」

 皮肉をこめた言い方だったが、彼は問うきっかけを作ってくれた。

「どうして豪華な部屋に住んでいないのですか?」

「必要ないからだ。寝るためにここへ来るだけであり、食事は執務室でとる。ほとんど使わない部屋を飾る必要はないだろう」

「ですが!」

 彼の説明は確かに正しい事だった。だけどどこか腑に落ちない――納得できない。

「あなたは王様でしょう?」

 そう、彼はサハの大地の王様なのだ。

 この部屋からレオンの部屋まで向かう途中で見た豪華な城内。それはすべてクラウス王が美しい物が好きだからそうなった――はずならば、例え使わなくてもまず真っ先に自分の部屋を着飾るのではないのだろうか?

「なぜ、そんなに深刻そうな顔をしている? 私があの部屋に住んでいたら何か都合が悪いのか?」

「そういう意味じゃないんです……ただ」

 ただあの部屋があまりにも――あまりにも。

「私の暮らしていた部屋に似ていたから……」

 そう答えた私にクラウス王は問う。

「記憶を思い出したのか?」

「クラウス王の部屋を見て少しだけ思い出す事ができました。取り乱してしまってすみません。だけど本当に似ていて、あまりにも似ていて、それはとても悲しい記憶で聞かずにはいられなかったのです」

 少しの沈黙と彼の心を読み取る事が出来ない表情。

「――意味などない。お前の暮らしていた部屋と私の部屋が似ていたのは、ただの偶然だ。お前は質素な部屋で暮らしていただけ、私は使わないから質素にしていただけ、それだけの事だ……」

 ほんの一瞬の間をおいて、

「だが、そんなに似ていたか――記憶が揺さぶられるほどに……」

 とても静かに呟くように言い、右手を私に向けて差し出した。

「ペンを……」

 そう言われ両手で強く握っていたペンの存在を思い出す。

 彼の元にそっと歩み寄りペンを差し出した。

「!!」

 と、その瞬間に手首を掴まれ倒れこんでしまった。

 彼が椅子に座っているので膝をつき、彼のちょうど胸元に顔をつけるような形になってしまって慌てて立ち上がろうとしたが、クラウス王は掴んだ腕を離してくれない。

「離してください!」

 急な事に動転しながらも離れようと顔を上げようとすると、彼はもう片方の手で私の背中を押し更に彼の胸に顔を埋める形になってしまう。彼の表情を見る事さえもできない。

 彼は静かに言った。

 私を抑える力は決して緩む事なく、だけど悲しい響きだった。

「リア、私は生きているか?」

「?」

 昨日初めてクラウス王に出会った時、彼は私の事を生きていると言った。

 死んでいた者が生き返ったのだから、その言葉は正しい。

 だけど今の問いは何なのだろう? なぜ彼は自分が生きているのかと聞いた?


 拒む事をやめ、静かに深呼吸をする。


 トクン……トクン……。


 クラウス王の心臓の音が聞こえた。

 この音は彼が生きているという確かな証拠。


「生きて、います」


 そう答えると彼の力の篭った両手が和らいだ。

「そうか、生きていたか」

 ようやく顔を動かす事ができ、上を見上げるとクラウス王と目が合う。

 彼の表情に思わずドキリとした、彼が美しかったからとかそういう意味じゃない。


「悲しいのですか?」


 彼が泣いてしまうのではないかと思って聞いてしまった。

 美しく悲しい王様、昨日会った時も確かにそう思った。

 だけどそれ以上に――彼の悲しみが伝わって、心配になった。

「悲しい? お前は可笑しな事を言うのだな」

 そう言って彼は悲しみを再び闇の瞳に変え、私を離す。


「今日はもう寝ろ。お前の顔色を見ていると、私の気分まで悪くなる」

 気遣って――くれた?

 どうすればいいのか解らなくて固まっていると、彼は意地悪そうに笑った。

「私がベッドまで運んでやろうか?」

 その言葉に顔が熱くなっていくのを感じ、クラウス王から離れた。

「じ、じぶんで寝れます!」


 彼から逃げるようにベッドに勢いよく乗り、布団に潜り込む。

 恥ずかしさと、思わず挨拶もなしにこんな事をしてしまった後悔、それにまだ彼が部屋にいるのに眠ってしまっていいのかという葛藤――色々な事が頭の中でぐるぐると回り、次第に疲れの方が勝っていく。


 眠ってしまう前にもう一度、クラウス王の悲しい瞳を思い浮かべた。

 なぜだろう――なぜだか無性に彼の頭を撫でてあげたいと思った。

 そんな事をしてしまったら、彼は怒るに決まっている。

 だけど、泣きじゃくる子供を宥めるように優しく、大丈夫だよと言ってあげたくなってしまった。子供の頃の自分がそう言われたかったように――そう言われたかったのかは思い出せないのだけども、彼にそうしたくなってしまった。

 思考がまとまらないまま、眠りが訪れる。



 やがて私は夢を見た。


 温もりのある大きな手が、そっと私の頬に触れる夢。

 それはとても心地良く、安心して眠る事ができる――優しい夢だった。

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