2章の2 「双子の噂話」
あれから一時間ほど仮眠をとり軽い昼食と着替えを済ませてから、双子侍女達に案内され特別医務室へと向かっていた。まだ頭痛と体の痛みは治っていないが、報告と健診も兼ねて日に一度は訪れる約束をレオンとしていたからだ。
双子にはレオンが予め毎日自分の部屋に呼ぶように、と命令してあったようで、私からわざわざ頼む事なく準備をしてくれたので助かった。
ミルフォード城内廊下は昨夜暗くてよく見る事が出来なかったが、思っていた以上の美しい造りに溜め息が出るほどであった。白い石の上に敷かれた絨毯に彫刻が刻まれた美しい壁、点々と配置されている置物はどれも豪華である。片側は数え切れないほどの部屋があり、反対側は大きな窓がたくさんあって暖かい日差しを城内に入れている。窓の外を覗くと美しく手入れの行届いた庭園が見えた。
一番気になったのは、城内にも庭園にも女神リア姫をモチーフにされ作られたと思われる物の数が半分を占めていた事だ。大地を救った女神リア姫なのだからそういった物がたくさんある事は解るが、それにしても多過ぎるような気もする……。これはクラウス王の趣味なのだろうか?
けどこの状態は非常に恥ずかしいものを感じる。
女神リア姫の姿をした私が、女神リア姫だらけの城内を歩いているのだ。当然、城内にはたくさんの人達が働いている。私の姿を見た者達は皆口をぽかんと開け、手を休め、歩く事を忘れ、もっていたお皿まで落とす人もいた。ざわめきを通り越し、辺りは静まり返っている。驚いて声にならないといった状況だろうか……。私もきっと目の前に女神リア姫が突然通ったら、やはり動きを止めて見入ってしまうだろうから気持ちは解る。
だけどその女神リア姫が私なのだ。
ここで緊張して転んでしまったりしたら、どれだけ女神リア姫のイメージを崩してしまう事になるだろう……。いくら平民生まれと聞いていた所で、ここまで同じだと当然美しい振る舞いをすると勝手に想像してしまうものだと思う。
「クラウス王妃第一候補のリア様ですよ! お辞儀もしないなんて失礼ですよ!」
「全く……いくら似ているからって、なんて態度……」
双子侍女の言葉に、呆然としていた人達が我に返り慌てて道を開け頭を下げた。
それでもチラチラとこちらに目線を向け、皆は私の様子を伺っているようだ。
ただ呆然と見られるよりも、細心の注意を払いながら見られているほうが、余計に失敗が許されないような気がして落ち着かない。
「キーチェ、アミム……恥ずかしいからあまり余計な事は言わないでください」
私を案内するため先を歩く双子に、小さく言った。
「何を言っているのです! 高貴なお方が通る時は道を開け頭を下げるのは当たり前です!」
「リア様、これは常識なのですからちゃんと制裁を……いえ注意しなければいけません」
双子は大きな声でそう返した。
「はぁ……そうなのですか」
さっき祝い品の片付けに追われ疲れ果てていた二人の顔はどこへ行ったのやら……。祝い品を開けないで捨てろという王様の命令を聞き、てっきり怒ると思っていた双子は迷わず両手を挙げて喜んだ。どうやら疲れていたというよりも、面倒な事をやらなければいけないという状況にうんざりしていただけのようだ。さっきの仕返しだとばかりに、箱を全部外の傭兵に押し付ける双子の様子は実に清々しかった。
そして今のこの状況さえも浮かれ楽しんでるようにも見える。
なんとも逞しく色んな意味で尊敬も感じるが、同時に双子が変な事をしでかさないか心配にもなる。
「特別医務室にはまだ着かないのですか?」
この状況のせいでもあるのだろうけど、昨夜と違ってレオンのいる特別医務室までやけに遠く感じた。階段を下りては廊下を渡り、まるで迷路のようで道を覚えられる自信がなくなってきた。
双子は歩きながら答えた。
「もう少しで着きます! お疲れの所申し訳ございません!」
「全く……本当ならわざわざリア様があの男の部屋まで行く必要はないし、用があるんなら自分から来いって感じだし……あいつはいつも回りくどい事ばかり考えるわ」
「どういう事ですか?」
「えとですね、これは作戦のようです! 皆さん女神リア姫の生まれ変わりが妃第一候補に選ばれた事は知ってますが、実際に見ないと嘘っぽいでしょう?」
「私達も正直、実際に会うまでは疑ってましたが……見たら納得しました。つまり、リア様がわざわざレオン様の元まで歩く事によって、お姿を確認する事ができます。見れば皆納得し、城内から城下へと話も自然に広まって色々いいらしいです」
双子の説明に私が今この廊下を歩く意味を知った。
確かに私の平民生まれ設定は都合の良すぎる話である。私が女神リア姫の生まれ変わりである事に疑惑を抱き、信じていない者の方が圧倒的に多いはず……。
けど実際に私の姿を見た者達は、皆迷わず女神リア姫の生まれ変わりである事を信じてしまうだろう。
なぜならこの体は、本物の女神リア姫の死体を使っているのだから……。
「だからって今日くらい休ませてあげればいいのに! あの笑顔仮面め! 不慣れな場所でお疲れのリア様をもう少し労わる事を知らないのかしら!」
「しょうがないでしょ、せっかちクラウス王の忠実な飼い犬なんだから……」
「……?」
話の流れから察すると、笑顔仮面と飼い犬という言葉はレオンに向けられているようだった。
「キーチェとアミムはレオンの事が嫌いなのですか?」
双子は歩みを止め、振り返りながら力強く言う。
『大嫌いです!!』
珍しく双子の言葉が重なった。
「……? とても優しそうな人なのに、なぜそんなに嫌いなんです?」
「優しい!? リア様、それはレオン様の偽者の笑顔に騙されている証拠ですよ!」
「美しい顔立ちに品の良い立ち振る舞い、ぱっと見は天使のようなお方ですが本当は悪魔ですね……」
「悪魔……ですか?」
『その通りです!!』
あまりに大きな声で返事をしてしまったので、さすがの双子も周囲を気にした。
そして今度は歩きながら小さな声で私に教えてくれる。
「レオン様はですね、研究者、医者、修理屋など色々な名前を持っていますけども、本当のお姿はクラウス王の右腕、つまりこの大地で二番目に力を持った方なのです」
「頭の切れる人ですからね、クラウス王の要望に大抵応えられます。それでいてクラウス王に忠実な犬なので絶対逆らわない。どんなに難しい命令であろうとも、どんなに残酷な命令であろうともレオン様はどんな事でも実行します」
「どんな事でも、ですか……」
「そうです! 冷酷非道なクラウス王と笑顔仮面レオン様に、いったい何人の命が消えた事でしょう」
「今はまだ大人しくなった方なんですけどね……昔はもっと殺伐としていましたし……。とにかく、あの2人が何かを企むとろくな事が起こりませんよ」
「…………」
双子の言葉に、今自分に起こっている状況と重ねて考えてみた。
女神リア姫の死体を使って動かせと命令した王様、それを実現してみせたレオン。その行いは双子の今説明した状況と同じ事のような気がした。
けど今の私はそれだけしか知らない。
クラウス王を冷酷非道と言う双子の言葉は、彼の無表情さと鋭い視線からそういうイメージを与えてるだけと考える事もできる。けど……レオンの笑顔が偽者で悪魔だと言った双子の言葉には納得ができなかった。昨日会った彼の印象は優しく、本当に私を心から気遣ってくれているように思えた。私が目覚めレオンの名前を呼んだ時の彼の嬉しそうな笑顔は、決して笑顔仮面などではなかった。
なぜ双子はレオンにそのようなイメージを持ったのだろう……?
「リア様、着きましたよ!」
「私達は外で待ってます、今話した事は極秘でお願いしますね」
考えがまとまる時間もなく目的地に着き、双子は私に道を開けた。
他のどの部屋の扉よりも、目立たなく人目に触れたくないような白い扉だった……。