プロローグ1 「醜い」
私は醜い。
醜いから本当の家族からも、借物の家族からも嫌われてしまいました。
醜いから何を頑張っても意味のない事だと気づきました。
醜いから人とすれ違う事も遠くから人を見る事も嫌がられました。
醜いから空を見上げる事も氷の海にこの瞳に映す事さえも許されませんでした。
「……リア」
自分の名前を呟いてみる。
いいえ、私の名前なんかじゃない。
私の名前のはずがない。
部屋の中に閉じこもりベッドの上でただうずくまり、布団を被っている。
こんな私がリアという名前を名乗る資格があるのだろうか?
ベッドの片隅に置いてあった本を持ち、パラパラとページをめくった。
「あなたが本当のリア」
誰かに見つかって馬鹿にされないように、こっそりと本の中に切り取った絵を隠し持っていた。それは一人の女性の絵だった。
彼女はまるで私を癒すように優しく微笑んでいる。
彼女の名前はリア。
私と同じ名前だけど私なんかとは比べようがないほどに素晴らしい女性。
彼女は千年以上も遥か昔に実在した人物で、最初は英雄のリア姫と呼ばれていた。だけど彼女は時が経つにつれて英雄ではなく女神リア姫と呼ばれるようになっていた。
それにはたった一つの大きな理由がある。
それは彼女が誰よりも美しかったから。
千年以上の時を経て、今もなお彼女の美しさを越える者が現れないほどに、女神リア姫の美しさは完璧だった。誰も本物なんて見たことはないけども、彼女が描かれた絵や彫刻、銅像、彼女を記録した歴史文面を見るだけでも解る。
彼女は英雄と呼ばれるよりも女神と呼ばれる方が相応しい、誰もがそう思うほど女神リア姫は美しい。
この大地に生きるすべての人が彼女に憧れ、嫉妬するくらいに……。
私もそんな一人。
自分と同じ名前をもった彼女の美しさに憧れ、誰よりも負けないくらいの嫉妬心がある。憎しみもある。
だって皮肉な事でしょう?
この世界で最も美しいリア姫とこの世界でもっとも醜いリアが同じ名前だなんて……。
私に名前をつけてくれた親の事は思い出せないけど、きっと私があまりに醜かったから少しでも美しくなるようにと願いを込めてつけたのかもしれない。
それとも本当に皮肉を込めてつけたのかもしれない。
でも今更そんな事を考えていたって名前が変わるわけでもないし、醜い自分の顔を変えられる訳でもない。
もういいの、私はもういいの……。
ドンドンドンドン!!!!
突然部屋の扉を強く叩かれはっとする。
この部屋に訪れる者などたった一人しかいない。
ベッドから慌てて立ち上がり、自分の顔を長い黒髪でなるべく覆い隠す。
「どうぞ、お入りください」
――そう言い終わるよりも先に扉は勢いよく開いた。
「私が部屋の扉を叩いたら、すぐに立ち上がり招き入れる! 何度もそう教えてあげているのに! 相変わらず馬鹿で醜いお姉様ね!」
そう怒鳴りつけ、私を醜いと言った子は妹ミシェル。
妹と言っても実際は血の繋がりなど存在しない。簡単に説明するのならば、私が平民生まれの養子で、彼女が正真正銘の貴族の子供である、と言えば私の立場が少しは理解できるだろうか……。
「お姉様、聞いているの? 教えたでしょう? 私を招き入れたらお姉様は次に何をするの? 馬鹿だからまさかもう忘れてるとか?」
彼女の言葉はまるで針のように鋭い。
だけど大丈夫。
私はちゃんと自分の立場も自分の醜さも理解しているのだから……。
私は今出来る限りの精一杯の笑顔を作った。
「ああミシェル、今日もなんて美しいのでしょう。あなたの美しさで私は今日も救われました」
私はドレスの裾をつまみお辞儀する。
「ありがとうございます」
ああ……。
笑う度に笑い方を忘れて行くような気がする。
笑う度に醜さが増して行く気がする。
もう限界なのかな? それとも最初から限界だったのかな?
もうわからない、きっと私が醜いからわからないんだ……。
「笑顔が醜いわ! 同じ名前なんだから少しは女神リア姫の笑い方を学びなさい! 汚らわしい」
ほらね、また比べられた。
あなたのせいでまた私は醜くなった。
女神リア姫様。
あなたには私の心の声が聞こえますか?
あなたには私の事が見えていますか?
あなたと同じ名前の醜い私がもうすぐ限界です。
だけどまだ、あなたに憧れ嫉み憎んでいます。
そしてもし聞こえているのならば、見えているのならばあなたにどうしても伝えたい事があります。
どうか――どうか……。
醜い私を美しくしてください。