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ユステス・アルカス  作者: 青生翅
Chapter.1
2/4

001 抗える少年たち #1


「おぉおお! すっげ、やっぱりアルカスか!」


「筆記連続満点て……人間じゃねえな。前人未到の記録作りかよ」


「すごいねー。それしかないねー」


 感嘆と羨望、少しの嫉妬。そんな生徒たちのざわめきを耳にしつつ、クソ忌々しいと心の中で暴言を吐く。初夏を迎える季節ながら、冷えた朝の空気に目を細めていたミラルドは、常の仏頂面に加えて眉間に盛大な皺を刻み、誰から見ても不機嫌な少年だった。

 真面目な生活態度と優秀な成績を誇る北部校でも指折りの生徒なのだが、実は朝に弱い。本来ならばゆっくりと覚醒を促すはずの時間を削り、重たくぐらつく頭を揺らめかせて寮を出てきたのは、今日が成績発表だったからだ。


 個人の詳しい点数内訳は後に担当教諭から知らされるが、筆記と実技に大きく分けたものと、それらを合わせた総合順位は朝一番で掲示板に張り出される。

 周囲が自分の成績確認をそこそこに話題としているのは、筆記の点数だ。


【ユステス・アルカス 九〇〇点】


【ミラルド・ナイン  八九二点】


 見返す必要もない点数に、ミラルドは自身の鮮やかな橙色の髪を乱暴に掻き混ぜた。

 なにということもなく当たり散らしたい。まったく何だっていうんだろうか。あの八点が憎い。もし目の前にわたしが八点ですと呑気にひょこひょこ動くものがあったら、全力で攻性魔法をぶつけて消し炭にしてやるものを。


 不穏な気配を撒き散らしているミラルドに誰もが気付きながら、不用意に声などかけられないと遠巻きにする。

 それでもあえて雰囲気を読まない人間とはいるもので、いつもよりか気合の入らない着方をしているミラルドの制服に包まれた肩を、遠慮のない力で叩く猛者がいた。


「イッ……」


「おっはよーん! ってかなんで声もかけずに来ちゃうかな。お誘いなくて寂しいじゃないか。お、相変わらず優秀であらせられますなあ。うんうん偉いぞ、ミラちゃん。さすがおれの親友!」


 誰が親友かと入学以来飽きるほど繰り返した反論は、相手がまったく堪えないことを学習したミラルド自身によって半分封印されている。


 不機嫌に拍車をかけたようなミラルドを見てニタニタするのは、ハイガ・ラウ=ラフマン。金褐色の癖毛を遊ばせて瑠璃色の目が素敵ねと異性に人気がある小奇麗な容姿を持ちながら、何が面白いのかミラルドに張り付いている同級生だ。

 貴族の家格で第三位を表わす「ラウ」の音を持つ通り由緒ある伯爵家の人間らしいのだが、本人が言うにはついこのあいだ認知されたばかりの庶子なのだという。王都にある中央校ではなく、この辺境である北部校へと進んできたことはそこら辺の理由が関係しているのかもしれない。


 ざっと実技や総合順位に青い瞳を走らせたハイガは、一人うんうんと再び頷いている。


「いいじゃん、かなりいいじゃん。筆記二位の実技二位、総合成績二位! 狙ったかのように美しいね! なかなか目指して取れるもんじゃないよ?」


「誰が目指すか!」


 反論した時点で負けであるとわかっていても、最終的にはいつもこうして声を上げずにはいられない。

 ああまた始まったよ……という周囲の視線を感じる。


 ベルフィナでは初級学校六年の後は、金銭的に問題がなければ十三歳になる年に上級学校に進む。再び六年制の上級学校だが、平民は前期三年で自主退学することも多い。基本的に十五歳から就労できるために、農業に携わる家や職人一家の子供たちは困難な資格に挑む必要がないのだ。

 だがそれは一般的に普通科に進学した者の話であって、上級学校魔法科に進む才能が認められた者は、たいてい魔法士の資格を得るために六年後の卒業を目指している。


 その中でも国立学校は難関試験を突破した優秀な子供が集められる学び舎だ。東西南北と中央に合わせて五校。倍率は例年推薦者を含めて三倍近い。

 例え入学から四年目、定期試験で万年二位から脱出できないミラルドだとしても、将来有望の看板を背負って歩き、早いところからは就職の勧誘さえある。

 何ら恥じるところのない立派な成績なのだが、ミラルドが気にくわない理由はその「万年二位」であることだ。


 入学以来、ミラルドの一つ下の順位の人間とは総合成績では最低二十点は差が開く。上位二名は不動の成績優秀者だった。……一位と二位の人間の名前がけして入れ替わることのない、実に苦い不動のさまだが。


 実技の点数に目をやれば、学年首席であるユステス・アルカスは六〇〇点満点中、五七八点。ミラルドは五七五点。こちらはたった三点差だ。時間の許す限り教科書と板書を読み込めばいい筆記試験とは違い、実技試験は教師たちも辛すぎるほど厳しい点数をつける。それで泣く泣く落第する人間も後を絶たない。


 魔法薬学や治癒魔法など古代からある術者による微妙な調整が欠かせない分野を得意とするミラルドとは対照的に、実技においてユステス・アルカスは攻性魔法や防護魔法を駆使した模擬戦闘や術式を組み込んだ魔法具の製作など、近代にかけて整然とした理論が確立された分野を得意とする。膨大な魔力量を数式によって動かして事象を生む、魔法士らしい魔法士だ。


 だからといってミラルドはユステス・アルカスの得意とするそれらが、けして苦手なわけではない。むしろ一般生徒から見れば万能選手といったところだろう。

 だが一方でユステス・アルカスの方は得意分野一本に絞られた人間だ。魔法薬学などは下から数えた方が早いのではないかというほど。奇妙奇天烈な魔導具を作るのもある意味で得意か。


 なのにミラルドとは三点差なのだ。それ以外の実技教科によってはそれこそ満点近いものがあり、ミラルドとの間にも高すぎる壁を築いているということだった。


 実技は才能だとミラルドは思っている。限られた時間の中、最も己が充実しているときにその才能を伸ばす運にも恵まれていることが重要なのだ。

 扱いやすく改良が続けられる術式だって、魔力量によっては使えない上位魔法など山ほどある。そして生み出される事象を組み合わせて最大の結果を最速でもたらすには、努力を続けた時間よりも優れてしまうものが確かにあった。


 その点ミラルドは平均的に何でも出来るのだから、その器用さは自分でも誇っている。

 だからせめて追い抜けない実技点の代わりに筆記をと思うのに、毎回毎回それを嘲笑うかのようにユステス・アルカスは間違わない。一年の内に定期試験は四回。それが四年生の今年は二度目なので、入学以来十四度連続でユステス・アルカスは満点を叩き出している。


「わかってるさ」


「ん、なにが」


「間違わなきゃいいってこと」


 簡単なことだ。ユステス・アルカスが満点を出すならばミラルドもそうすればいい。けれどそれではやはり総合成績は二位なのだ。越えられない実技、越えさせてくれない筆記。だんだん何に腹が立っているのかがあやふやになる。


「ま、そんなに気にすることないじゃんって言ってもいいんだけど」


 一覧を睨みつけるミラルドに、ハイガは仕方がないなあと弟でも見るような目でいう。


「わかるよ。おれはおれだって頑張れることと、納得するのは違う」


「でも悪足掻きだろ」


「足掻くのに悪いもなにもないね。個人の勝手だ」


 何故か胸を張るハイガと、その後ろに姿を現わした影。いったいどちらに声をかけるべきかとミラルドが逡巡した一瞬に、先手は打たれた。


「そうかそうか、ハイガ・ラウ=ラフマン。おまえもようやくそこに気付いたなら安心だ。勝手が許されてるおまえはおおいに足掻くことをおれも推奨する。残念ながら術式数論は追試だぞ」


 がしりと金褐色の頭を掴んだのは、一言でいえば見上げるほどの大男だった。骨太で筋肉質な身体は常緑色の軍服の上からでもよくわかり、見下ろす粗削りな顔は厳めしさを通り越して恐怖そのものだ。


 士官学校に限らず上級学校は基礎的な軍事訓練も課しているが、中でも魔法科はいっそう手厚く座学と実践を学ぶ。卒業生の六割は軍へと進み、攻性魔法の使い手として戦士になることもあれば、支援魔法を主にして後方担当になることもある。

 どこの学校にも教員資格を持つ軍人が派遣されるが、魔法科がある場合は特に一級魔法士の資格も求められる。


 例え叩き上げの名が相応しい容貌だろうとも、殺人鬼の笑みと有名な表情だろうとも、おそらくは国立学校のいずれかで魔法科を卒業し、なおかつ士官学校に入り直したエリート中のエリートのはずなのだ。


「げっ、ギュリウス先生! ってか追試ってなんですか、そんなはず……」


「あーあー、ラフマンたしかにおまえは計算上ではぎりぎり追試回避の点数を取ったつもりなんだろうが、術式数論担当のシレーネ先生はあまりの字の汚さに泣く泣く減点せざるを得なかったそうだ。諦めろ。いや、それより悔い改めろ」


 怒っているのか笑っているのか――どちらにせよ大変凶悪な顔に違いない――魔法実践担当のダナー・ギュリウスは、ああナインもいたのかとついでとばかりにミラルドの頭も揺さぶった。

 十六歳の男子生徒にすることじゃないはずが、この大男な軍人にされるには仕方がない気分になる。


 宣告を受けたハイガは至極嫌そうに顔を歪める。


「うっわ最悪……」


「最悪なのはおまえだ。教員同士で飲みに行ってみれば、座学の先生たちはそろっておまえのことで悩んでらっしゃるぞ。毎度手抜きしやがって」 


「誤解です!」


「誤解なわけあるか! 筆記試験の全教科が落第点より一問分だけ上だなんて、みだりに試験で遊ぶな」


「本気で遊んでるんですよ……」


「なお悪い」


「いだだだだっ!!」


 頭を掴まれたままぎりぎりと力を込められ、さすがのハイガも本気で痛がる。しかし手を離された瞬間から、ぶんむくれる振りまでして見せるのだから神経の図太さにミラルドは呆れる思いだ。

 それはギュリウスも同じようで、それはもう深く息を吐いてこめかみを揉んでいる。


「だいたい実技成績三位の生徒が、何だって筆記はやる気ないんだ」


「逆ですよ。実技で半端なことしようものなら、こうして鉄拳制裁が来るもんな」


 ああ痛いと飄々と言ってのけるハイガに、ギュリウスは瞳を細めた。


「……なにを考えてるかわからんでもないが、卒業前に鎖をつけられかねんぞ」


「首輪くらいならすでについてますけど。ラフマンの駄犬ってね」


「ばかもの」


 ――聞こえない。


 この手の身分に引っかかっていそうな問題は、覚悟も持たずに首を突っ込むような真似はするべきではない。ミラルドはおそらく本能の内に最初から察していた。それが王立学校に進んで四年で経験として加味されて、今では聞かぬふりなどお手の物だ。そのたびにハイガが少しばかり物騒に瑠璃の瞳を光らせるのが気になるが。知るかそんなもの。


 だが後二年。それだけの後には学生という身分の真綿は失い、ミラルドもいずれは知りたくもない世界に嵌ってしまうのかもしれない。目下それに巻き込もうと虎視眈々と狙っていそうなこの自称親友を、それまでにどうにか出来そうな気がしないのもまずい。ギュリウスが奮闘してくれないだろうか。


 ああそうだ。こうして考えてみれば成績の順位くらいなんてことはないのだと、冷静な自分は知っている。越えられない壁に早々に出会うだけ、ある意味幸運ではないかと。

 その一方で喚く聞き分けのない自分は、ほらあの名前をもっと脳裏に刻めと言うのだ。「悔しいくせに。おまえがどんなに意識しても、向こうはそうじゃないとわかっているよな?」と。まったくうるさい。あの綴りをもう空で書けるのに、これ以上なんてあるわけない。


「あ」


 誰からともなくその一音が響き、にわかに周囲がざわめきを増した。掲示板までの人垣が割れ、ミラルドにも向こうからやってくる人影が誰かわかる。


「ユステス・アルカス」


 さて。呼ばう声は誰のものか。ミラルド自身のものだったのか。


 ただその音を拾ったであろう本人は、誰に向けるでもなさそうな、にこりと邪気のない笑みを浮かべたのだった。








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