ありふれたささいなこと
八月十五日、梅子の四十九日の法要を終えて、小秋と桜と冬彦が戻って来た。この日もリハビリを兼ねて、スプーンを使って食事をした。少しずつだが、うまくスプーンを使って、ご飯が食べられるようになっている気がする。食事の方もおかゆから少しずつ固形物へと変わって来ている。
その後、車いすに乗せてもらって、家族四人で病院の周りを散歩して回った。初めは小秋が押してくれていたが、後から桜と冬彦が交代して、母を助けているのが実に微笑ましい。
確かに岡川の言う通りだと思う。事故に半身不随になった自分にこんなに尽くしてくれるのだから、この家族をもう二度と裏切ってはいけないと固く誓う。
夕方、車いすでの散歩と一通りのリハビリを終えて、病室に戻って来た。夕方とは言え真夏の中、外を散歩したからみんな汗だくになっている。病室はクーラーが効いていて、とても心地よかった。
しばらく、三人が法事の様子を語って教えてくれた。本当だったら、僕も行くはずだったのに…。交通事故にあったばっかりに、祖母の葬式にも出られなかった。
そして、今もろくに思うように体が動かせず、これからもずっと車いすでの生活を余儀なくされると思うと、実にやりきれない。その時、突然、ドアがドンドン叩かれた。小秋が「どうぞ」と言う。
ドアが開くと、勇務が入って来た。小秋の話によれば、法事の片付けを済ませたら、こちらに見舞いに来るとのことだった。葬儀が終わってから、七月までは週二回ぐらいは見舞いに来ていたらしい。
ところが八月に入ってからは四十九日の準備で忙しくて、それどころではなかったようだ。僕の意識が戻ってから、父と会うのは始めてである。
「おっ、辰雄。やっと、意識が戻ったか…。本当に心配したんだぞ。本当だったら、もっと付きっきりで見てやりたかったけど、おふくろの葬式や四十九日とかで忙しくて…。何か悪かったな…」
どう考えても、あの日、梅子の死去の連絡を受けてから、急いで会社に戻っている時に交通事故にあった僕が悪いと思うのだが…。それはあえて口に出さなかった。献身的な看病をしてくれたみんなの善意を踏みにじるような気がしたから…。
「その気持ちだけで十分だよ。こちらこそ、心配をかけて申し訳ない…。そして、ありがとう」
しばらく、勇務も含めた五人でたわいのない話をしていた。ありふれたことのはずなのに、どうしてこんなに楽しいんだろうか? 僕は、こんなにありふれたささいなことこそ、本当は一番幸せだってことをあまりにも長い間忘れていた。
「あっ、そう言えば、小秋も桜も冬彦も疲れているんじゃないか? 俺がこんなことを言うのも何だけど、たまにはゆっくり休んだ方がいい。本当にいつもありがとう。俺が事故で意識を失っている間、ずっと見守ってくれていたんだろう。俺はもう大丈夫だから…。せっかく、親父が来ているんだ。久々に親父と二人で話したいことがあるし…」
「わかった。じゃあ、桜、冬彦、今日は早く帰ろうか。もう、父さん、すっかり良くなったみたいだから。たまには早く帰ってゆっくり休もうか…」
そう言うと、小秋はゆっくりと立ち上がって、病室を出て行く。それに合わせて、二人の子どもも一緒に出て行った。




