岡川の内なる決意
「そんな夢を見るなんて…。何か、ドラマや小説のワンシーンみたい…。私が思うに、辰雄さんが見て来たものは、多分…事故に遭わなかった時のもう一つの世界だと思う。それにしても、どうして、あの日、事故が起きたんだろうね。もし、そうじゃなかったら、私達、その夢のように、きっと一緒になれたのにね…。人生って、本当にはかない…」
話を聞き終えて、岡川は悲しげな目で遠くを見つめてつぶやいた。その時、もう二度と彼女が温かくて優しいまなざしで、僕を見てくれないと確信した。
「やっぱり、浮気なんかしたらいけなかったのよ。私達、バチが当たったんだ。その上、小さな命を粗末にして…。本当に最低だよね。もし、きちんと生まれていたら、中君、どんな人生を歩んでいたんだろうね。いや、そもそも、私達にそんなことを考える資格もないか…」
僕は何も言えなかった。ただ、天を仰いだ。実際は首が思うように動かず、斜め四五度ぐらいまでしか上げられなかったけど…。
「私、来年の春に結婚するの…。なんか、やりきれなくなってさ…。親が前から言っていたお見合いをして来たの。そしたら、話がトントン拍子に進んで…。もう、仕事も辞めて、来月には実家に帰るつもり。私、今度こそ幸せになる! やっぱり、胸張って生きていきたい! 辰雄さんを必死になって看病している奥さんを見て、奥さんにはかなわないな…と思った。このままじゃ、ダメだと痛感した…」
やっぱり、僕は何も言えなかった。偶然に翻弄されることしかできない僕らには人生を操ることもできない。ただ、時の流れに逆らうことなく、その流れについていくだけで精一杯なのに…。そんな僕らに何ができたと言うのか?
「何も言ってくれないのね。いや、何も言えないか…。交通事故が私達を切り裂いたのよ。まあ、これで良かったのかもね。じゃ、私、帰るね。サヨウナラ…」
「やっぱり、もう、元には戻れないか。それこそ、夢で見たことが現実だったら、どんなに良かったことか…」
一瞬だが、岡川遥は驚きながらも微笑んでくれた。しかし、すぐに冷静さを取り戻して、冷たく言い放った。僕は彼女がこんなに冷たい声で話すことを今まで知らなかった。
「まあ、本当におめでたい人ね。残念だけど、私、下半身不随の人と一緒に暮らしていく自信がない…。あなたには奥さんがいるじゃない! 奥さんが一生懸命看病している所を、私は何度も見た…。いつ、意識が戻るかも分からないのに、本当に必死だったよ。もう、二度と裏切ったらダメ…。あの奥さんとなら、きっとうまくやっていけるから…。いつか、私もあんな風になりたい。だから、もう止めましょう。こんなこと…。今なら、まだ引き返せるから…」
そう言うと、岡川遥は静かに立ち、音も立てずに歩き出した。そして、静かにドアを開けて出て行った。ドアがパタンと閉まる音だけがむなしく病室に響き渡る。
僕は追いかけることもできず、ただベッドの上でうなだれていた。涙が止まらなかった。これが運命だと言うなら、どうして、僕は岡川と出会ってしまったのだろうか?
交通事故にあうことが運命だというなら、どうして僕は交通事故にあわなければいけなかったのか? それから、どうして意識を失っている間にあんな変な夢を見なければいけなかったのか? なんのために? 考えれば考えるほど、分からなくなるだけだった。もし、答えが出せたとしても、その答えに何の意味があるのか? 謎はただ深まるばかりである。




