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親子二代の離婚  作者: あまやま 想
長い眠りから覚めた時に
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初めから一ミリも割り込む隙間なんかなかった…

 八月十三日、この日は病室にて一人で寂しく過ごしていた。腕がかなり動くようになったので、この日からリハビリが始まった。


 この日はスプーンを握る練習をした。スプーンもろくに握れなくなっていたことに愕然させられる。三度の食事すらもリハビリの生活…。


 車いすに乗せられて、意識が戻ってから初めて病室の外に出たし、初めて風呂にも入った。介添え付きだったけど、久々の風呂は本当に気持ちいい。


 今までは体を拭いてもらうことしかできなかっただけに、その気持ちよさは本当に格別であった。この世界こそ、紛れも無い現実だと改めて思い知らされた。


 夕方、久々に体を動かしたからか、急に強い眠気が襲って来た。思えば、意識が戻ってからずっと誰かが病室にいた。


 この日はずっと一人だったから、久々に自由気ままに過ごせたような気がする。多分、意識不明の六週間は気付いていないだけで、ずっと誰かが付きっきりだったに違いない。まどろみの中でそんなことを考えていた。


 その時だった。突然、ドアを叩く音がした。あれっ? この日は梅子の法事でみんな長野にいるはずなのに…。夕日の射す部屋に静かに二人が入り込んだ。電気もつけずに…。


「あれっ、今日は誰もいないね…。珍しい…。いつもだったら、必ず奥さんや子どもがいるのに…」


「高松さん、まだ意識が戻ってないのかな…」


「この前、来た時に医者が話しているのを聞いたら、もう戻っていると言っていたよ」


「じゃあ、寝ているのかな?」


「起こしたら悪いから、もう帰ろう…」


「私は、もうしばらくここにいるから…」


「わかった。じゃあ、私は先に帰るね」


 どうやら、岡川遥が僕のよく知らない会社の同僚と一緒に見舞いに来たらしい。そして、僕が寝ていると思ったのか、同僚は先に帰ってしまった。しかし、岡川はここに残っている。彼女は僕に一体何を伝えようとしているのだろうか?


「辰雄さん、あなたはどうして交通事故にあったの? そして、一時は生死の境をさまよったし、ずっと意識不明の状態が続いていたから、もう元に戻らないと思った。本当はあの日、伝えたかった。あなたの赤ちゃんができたってことを…。でも、事故のせいで目の前が真っ暗になった…。本当だったら、一緒になりたかった!」 


「これで不安定な立場から妻になれると思ったのに…。本当に大好きだったのに…。でも、もうおろしちゃった。一人で育てられる自信が私にはない…。本当はね、もっと早くここに来て、このことを伝えたかった…。でも、いつも奥さんや子ども達がここにいて、必死になって、辰雄さんの看病をしていた…。初めから、私には一ミリも割り込む隙間なんかなかったんだ…。どうして、私達、浮気なんかしたんだろうね…」


 思いの丈を全て吐き出した岡川は、僕にしがみついて泣き出した。声を殺しながら、忍び泣きをしている。そんな馬鹿なこと…あるのか?


 どうして、赤ちゃんをおろしてしまったんだよ! 二人で一緒に育てるんじゃなかったのか? そのために他の全てを犠牲にして、岡川と一緒に暮らすことを、僕らは選んだじゃないか…。もしかして、今まで見て来たものは…


『もし、交通事故にあわなかったら…』


と言う世界だったのだろうか…。そんなことって、あるのだろうか? 確かに、僕は生死の境をさまよったけど、一つの交通事故がこんなにも多くの人の運命を変えてしまうと言うのか?


「中、ごめんよ。僕が事故にあったばっかりに…。本当にごめんよ…」


 本当だったら、生まれて来るはずだった命が、大人達の都合で殺されてしまったことが悲しくて仕方なかった。もし、軽はずみなことをしなかったら、命を粗末にすることもなかったのに…。僕は自分の身勝手さを憎み、自らの愚かさを呪った。


「辰雄さん、泣いているの? もしかして、今の話を聞いていたの?」


「うん、聞いてしまった…。寝ようとしていたけど、眠れなかったんだ…」


「そうなの。ねえ、今、お話ししても大丈夫かしら…」


 僕は頷いた。岡川は病室の電気をつける。どうにかして、自力で状態を起こそうとしたけど、下半身に力が入らないので、うまく起き上がることができなかった。でも、さりげなく岡川が手伝ってくれたので、何とか上体を起こすことができた。


「今日は、どうして、誰もここにいないの?」


「ばあちゃんの四十九日で、みんな長野に行ったんだよ」


「そうか…。それでいないんだ。まあ、そのおかげで、私はここに来られたようなものだし…」


「ところでさ、さっき、アタルって言っていたけど…。アタルって何なの?」


 僕は意識不明の間に見て来たモノや経験したことを、初めて人に話した。岡川なら、きっと分かってくれると思ったからだ。むしろ、彼女にはあのことを伝えなければならない。


 きっと、そうだ。彼女は変に怖がったり、不気味がったりすることなく、真摯に僕の話を聞いてくれている。そのまなざしは夢で見たのと同じように、とても温かくて優しかった。そして、時々伏し目に目をそらして、何か思案に暮れているようである。

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