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親子二代の離婚  作者: あまやま 想
何があっても日常は終わらない
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新しい命

 十一月に入り、秋がすっかり深まった。妊娠八ヶ月を迎えて、岡川遥のお腹はすっかり大きくなっている。


「辰雄さん、ちょっと、触ってみて…」


 辰雄は岡川に言われるままにお腹を触った。ただ、手を置いただけなのに、ボンと蹴られたような感触が伝わった。小春日和のよく晴れた日曜日の朝、二人はささやかな幸せをかみしめていた。


「この子、元気でしょう? やっぱり、男の子は元気よね。最近、お腹の中でよく暴れるから、お腹が痛くて…」


「こらっ、赤ちゃん。母さんにお痛したらダメでしょう!」


 辰雄がそう言うと、岡川は笑い出した。辰雄は何がおかしいのか全く分からずにキョトンとしている。


「ん? 何か、おかしなことを言ったかな?」


「だって、赤ちゃんっておかしいでしょう? それって、犬に向かって、犬って呼ぶようなものよ」


「あ…、確かにそうだ」


 そう言って、辰雄は狭いアパートの中をうろうろしながら、生まれてくる子どもの名前を考え出した。小秋と離婚してから、辰雄は岡川のアパートに転がり込んだ。まあ、離婚する前からすでにここで生活していたようなものだが…。


 運良く、すぐに家の借り手が決まった。うまいこと家賃十万円で貸し出す事ができ、その家賃で養育費七万円を小秋に毎月払っている。


「アタル…って、名前はどうだい?」


「アタルって、当選の当の字を書くアタル? それとも中心の中の字を書くアタル?」


 岡川は思わず尋ねる。ベランダから太陽の光が暖かく降り注ぐ中、彼女は気持ち良さそうに座っていた。その穏やかな表情はもう完全に母親の顔である。


「遥は、どっちがいいと思う?」


「当選の方なら、何でも当たるようになりそうだし、中心の方なら、常に物事の中心でいられそうだね。今流行の翔太や海斗って名前にはしないんだね…」


「そうだね。流行の名前をつけても集団の中に紛れるだけだし…。こう言う時だからこそ、シンプルな名前をつけたら、個性が出ると思う」


「そうね。だったら、中心の中の方のアタルで決まりだな…」


 辰雄はウロウロするのをやめて、岡川の隣に座った。それから、彼女の膝に寝転がる。


「ここにも、大きな赤ちゃんがいるのね。困ったお父さんだこと…。ねえ、中」


 そうつぶやいて、岡川はお腹を優しくさすった。それに合わせて、辰雄もさする。それに喜んだのか、お腹の赤ちゃんは動き回っている。その動きがお腹越しに、二人の手にも伝わった。


「中、名前が決まったことを喜んでいるのね…」


「ああ、そうだな…」


 大きな喜びの結晶は、同時に大きな罪の結晶でもあった。この幸せが一つの家庭を壊した上に成り立っていることに、辰雄はあえて気付いていないふりをした。


 そんなことを気にしていては、これから生まれてくる子どもに悪い。そんなことはないだろうけど、もし、そのことで中をいじめるような奴が出て来たら、父として、この子を守らないといけない。そう覚悟を決めた日から、不思議とあの悪夢を見なくなった。


 一時期、耳詰まりがして聞こえにくくなっていた右耳も、問題が解決したとたんによくなった。やっぱり、ストレスだったみたい…。


 それと前の家族と別れる前に、最後の旅行に行けたことで、ずいぶんと楽になれた。けして、罪悪感が消えることはないが、せめてもの罪滅ぼしになっていると感じる。もう、いつまでも独りよがりの罪悪感で現実から逃げたらいけない。そんなことしたら、小倉小秋・桜・冬彦にも、高松遥・中にも申し訳ない。


「あっ、そう言えば、最近、うなされなくなったね。もう、あの悪夢は見てないの?」


「全く…。もう、全然見なくなったよ。これも遥と中のおかげだ」


 そう言って、辰雄はお腹の赤ちゃんに向かって語りかけた。それを見て、遥は優しく微笑んでいる。この優しいまなざしなら、目を反らさずに見つめられそうだ。


「辰雄さん、すっかり父親の顔になったね…」


「えっ、前はそうじゃなかったってこと?」


「あ、ごめん。言い方が悪かったね…。なんか、前とはまた違った顔つきになっている。覚悟を決めた人の顔だよ」


 そう言う岡川を見て、この人となら迷うことなく一生付いていけると確信した。もう、浮気なんかして、誰かを不幸にするようなことは二度としない。辰雄は岡川の大きな包容力のおかげで、己の人生で失いかけた自信と自分らしさを取り戻せたのだから…。

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