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親子二代の離婚  作者: あまやま 想
何があっても日常は終わらない
60/70

人生に「もし…」はない

 朝五時に勇務は起きた。いつもと変わらぬ起床時間。いつもと同じように布団を上げ、家の掃除を始めた。


 一人で暮らすには広過ぎる家を、慣れた手つきで箒で掃き清め、雑巾がけをする。家の掃除が終わったら、庭を竹箒で掃き清めた後、熊手で川の字の跡をつけていく。


 一時間ほどで掃除が終わると、縁側にて座禅を組む。心を無にして、小鳥のさえずりを聞くだけで心が洗われる。それから仏壇に向かい、朝の御経を唱える。


 かつて、実際に寺に入って修業をした勇務にとって、こんなのは生活の一部に過ぎない。そして、過ちを犯した自分がするべき終わり無き贖罪…。


 朝の御努めを終えたら、朝食の支度をする。料理に肉や魚は極力使わない。勇務は緑と離婚して、当時の浮気相手に逃げられてから、心に大きな傷を負ったままだった。


 辰雄を育て上げるまでは、辰雄を心の拠り所にした。やがて、辰雄が独り立ちし、仕事も定年を迎えてから、母・梅子の居る実家に戻り、仏門を叩いてから早十年…。


 もう、十年近く続けているこの生活。慣れてしまえば、この生活も意外と楽しい。このような所に身を置いていると、心も若く保てる気がする。


 だからと言って、仏門に凝り固まっている訳ではない。時には付き合いで酒も飲むし、肉も魚も食べる。別に高僧になろうとしている訳でなく、心の拠り所を求めているだけだから、これくらいでちょうどいいのである。


 朝食が終わると、散歩に出る。ただ、散歩するのではなく、道端に落ちているゴミを拾いながら、のんびりと二時間ほど歩く。それが終わったら一時間ほどのんびりと過ごす。そうするともう昼前になるので、昼食を作って食べる。


 その後、軽く昼寝をしてから、昼の座禅を組んで、再び心を空っぽにする。もう、十年も座禅を続けているが未だに心は空っぽにならない。未だに欲望が湧いて出てくる。


 未だに淫らなことを妄想する。いつになれば、心が本当に空っぽになるのだろうか…。それが終わると、新聞や小説を読むために町立図書館へ行くか、近くのお寺の和尚さんの話を聞きに行く。


 そしたら、もう夕方だ。夕方の御経を上げて、夕食を作って食べる。その後、台所の片付けと明日の仕込みをする。一日の締めくくりに机に向かって、取り留めのないことを日記に書いて、一日の内省を必ず行う。それから静かに床へ入る。


 母・梅子が生きていた頃は、ご飯の時も常に一緒だったし、いろいろと話すことが何かとあって、なかなかきちんとした修業ができないことも多かった。母が亡くなってからは、誰にも邪魔されることなく、仏門修業できるようになった。しかし、何か物足りない…。足りないものは一体何だろう?


 それでも、以前に比べれば、満たされていなかったものが少しずつ満たされていくのを感じる日々である。七十を目前にして、まだまだ学ぶことが多い毎日を過ごしている。


 もし、三十年ほど前に浮気なんかしなかったら…。離婚せずに緑と今も一緒に夫婦生活を続けていただろう。しかし、今のような仏門修業に打ち込み、人生の心理と向き合う毎日を過ごすことはなかったに違いない。


 今でもあの時、あんなことをしなければと思うことはある。こればっかりはどれほど、たくさん修業に打ち込んだとしても逃れらないと思う。こう言うことはありきたりで平凡な生活をしているうちはけして気付かないものである。


 想像絶する挫折や不幸を味わったからこそ、分かることがある。開ける世界がある。そのことに気付くと世界の懐の深さや、多くの人々に支えられて生きている自分がいかに無力な人間であるか理解できるようになる。晩年を迎えて、勇務はようやく、その境地に達することができたとしみじみ思うのであった。


 楽しいことも、嬉しいことも、つらいことも、悲しいことも、全ての物事が人生の次の扉を開くための鍵であると…。そう思えば、人生に一遍たりとも無駄などないのである。

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