子どもの幸せを願えども…
「それにしても、小秋の問題がこじれなくて本当によかったな…。もし、こじれていたら、翔次の結婚式どころではなかったかもしれないな…」
夕食の後に大和は真智につぶやいた。東北の夏は短い。八月も後半になれば、夜は半袖では肌寒いほどである。昼間はまだ暑くても、夜はすっかり秋のようである。開けていた窓も、肌寒くてもう閉めていた。
「本当にそうね。まあ、無事に解決してもよかったこと。小秋の勤め先の園長先生って、本当に理解のある方よね。小秋達のために宿舎を無料で貸してくれるなんて…。そのおかげで幼稚園の仕事を続けられるんだから。それにしても、今日はなんか冷える…」
真智はそう言って、寝室へ行って、長袖のカーディガンを羽織って来た。それから流し台へ向かって、洗い物を始めた。大和はテーブルで熱いお茶をすすっていた。
「こう言っては何だが、小秋はすぐにここへ戻って来なくてよかったかもしれないな…。まあ、桜ちゃんと冬彦君と一緒に暮らせないのは残念だが…」
「もしかしたら、小秋なりに気を遣ったのかもしれませんね。翔次の結婚式前に戻ってくると、周りに迷惑をかけるかもしれないと思ったのかも…」
「母さんも、そう思うか」
「ええ。それにしても、父さんが金属バットで勇務さんや辰雄さんをぶん殴らなくてよかった。もし、本当にぶん殴っていたら、また変に話がこじれて大変だったでしょうね」
皿を一枚ずつ洗いながら、真智が言った。大和は思わずむせた。むせる大和をちらっと振り返りながら、真智は思わず吹き出した。この頼りなさそうな人が娘のために、金属バットを振り回していたなんて…。真智には幻のように思えた。
「あっ、そう言えば、翔次は楓さんとうまくやっているのか?」
「そう言えば、まだ何も連絡がないけど…。まあ、連絡がないってことはうまくやっているんでしょう。思うに、まだ新生活を始めたばかりだから、楽しくて仕方ないのよ」
「早く和広も結婚してくれたらいいんだがね…。和広はもう三六歳だろう。もしかしたら、あいつ、もう結婚できんかもしれないな…」
「まあ、父さんったら…。そんなこと、言ったらダメよ」
皿を洗い終えた真智は、慣れた手つきで皿拭きを始めた。大和は相変わらずお茶をすすっていた。
「それにしても、子どもが大きくなって、家から出て行ってしまうと、何か寂しいな…」
「確かにそうね…。でも、いつまでも自立せずに家で引きこもるよりはいいじゃないの?」
「そうだな…。それは分かっているんだけど、何かなあ…」
皿を拭き終えた真智は、静かに皿をしまっていた。まだ、三人の子どもが育ち盛りの頃は、料理も皿洗いも楽ではなかった。夫と二人だけになった今はあっと言う間に終わってしまう。皿をしまい終えて、彼女はテーブルを挟んで夫の向かい側に座る。大和は妻の湯のみにお茶を注いだ。
「母さん、親は子どもの幸せすらも、思い通りにしてやれないんだな…。小秋の離婚を見て、そう感じたよ…。翔次がそんな風にならなければいいけど…。そう考えると、和広の生き方も案外幸せかもしれない」
「まあ、あなた。どうしたんですか? 薮から棒に…」
「どんなに親が子どもの幸せを思って、子どもの時からあれこれしてあげたとしても、子どもが大人になってから、必ずそれに応えてくれるとは限らない。だったら、親は何のためにいるんだろうね…」
「何を言っているのよ。親は子どものためにいるに決まっているでしょう! そんな簡単なことを、そんなに難しく考えても仕方ないの。あーあ、何か眠くなって来た。じゃあ、私は先に眠りますね」
「ああ、そうか。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って、真智は寝床へ向かった。真智の後ろ姿を見て、大和も湯飲みを片付けてから寝ることにした。電気を消して、真智を追うように寝室へと向かった。




