辰雄の土下座(1)
リビングテーブルを囲んで四人が座る光景…。テーブルにごちそうこそないが、まさしく、何度もうなされた悪夢の光景である。
夢で幾度となく見た光景が、今、現実のモノとなってしまった。ああ、もう終わりだ…。もう、家族四人で最後の旅行は行けないかもしれない。
「そっか…。じゃあ、父さんは僕らを捨てて、新しい家庭の所へ行くのか…」
「冬彦、そんなことを言わないでくれ!」
「父さんの嘘つき! 父さん、母さんと仲直りしたって言っていたのに…。だから、私達、ここに戻って来たのに…」
そう言って、桜が泣き出した。現実はあの悪夢よりも悪い方向に進んでいるように思われた。いっそのこと、あの悪夢のように三人が得体の知れないモノになって、全てを吹き飛ばしてくれたらいいのに…と、さえ感じる。
「さあ、こんな人はほおっておいて、桜と冬彦と母さんの三人で新しい家に行きましょう。園長先生がね、私達のために特別に幼稚園横の独身宿舎を貸してくれたの。さあ、行きましょう。二人の荷物は、また後で、トラックで取りにくるから…。とりあえず、着替えだけ持ってくれば大丈夫よ。さあ…」
ところが桜と冬彦の二人は動かなかった。桜は一向に泣き止まなかった。さらに冬彦も泣き出した。辰雄は完全に血の気を失った青ざめた顔をして、下を向いている。
辰雄はどうでもいいとして、桜と冬彦の二人が動かないことには、小秋も動けない…。とうとう、小秋は天を仰いだ。まあ、天を仰いだ所で、屋内にいるから天井しか見えないけど…。
つまり、桜と冬彦の考えている事は父も許せないけど、だからと言って、父を見捨てて母と一緒に家を出る事もできないと言うところか? 二人で勝手に家出はできるのに、こんな時に固まって動けなくなるなんてどう言う事?
結局のところ、誰の思い通りにならず、ただ時計だけが規則正しく時を刻んでいた。みんな、同じテーブルに座った家族なのに、心は完全にバラバラだった。もはや、誰にもこの状態をコントロールできずにいた。
突然、辰雄がいすから立ち上がった。そして、床にひざまずいて、他の三人に向かって土下座を始めたのである。辰雄のあまりにも意外な行動にあっけを取られて、桜と冬彦は泣き止んでしまった。
小秋は驚きのあまり、土下座する彼を凝視していた。辰雄はそんなことおかまいなしに、ひたすら
「すまなかった!」
と何度も繰り返しながら、ひたすら土下座を続けていた。
「ずっと、寂しかったんだ…。今さら、こんなことを言っても、もう遅いけど…。僕は自分の身勝手な欲望のために、三人を苦しめてしまった。本当にごめんなさい! もう謝ったって、遅いかもしれないけど…。本当にすまなかった…。今まで何一つ、夫らしいことも、父親らしいことも、できなかった。せめて、最後に父親らしいことをさせてくれ…。いや、ぜひさせてください。もう、そんな資格すらないのかもしれないけど…」




