青天の霹靂
「よし、明日、みんなでディズニーシーへ行こう! な、桜、冬彦!」
「もちろん、母さんも一緒なんだよね?」
「ああ、もちろんだ。冬彦。明日は土曜日だから、母さんの仕事も休みだ」
「それにしても、母さん、遅いね…。ちゃんと帰って来るのかな…」
桜が母の心配を再びし出した。辰雄は空っぽになった小秋の部屋から、桜と冬彦の意識を反らすべく、ディズニーシーの話を切り出した。もともと、辰雄は家族四人でディズニーシーへ行くつもりで考えていた。
いずれ話そうと思っていたが、このタイミングで話すのは明らかに不本意である。しかし、仕方ない。空っぽになった妻の部屋を見た後に、二人の子どもをほったらかしにはできない。
本当は小秋が帰って来てから話す予定だった。でも、先に子ども達に話して、その気にさせておけば、小秋も何とかその気になってくれると思う。まさか、子ども達が行きたいと言っているのに、堅くなに拒否することはないだろう。
「本当にディズニーシーに行くの? 今まで家にそんなお金がないから行けないって言っていたけど、本当に大丈夫なの?」
「そんなことを冬彦が心配しなくていいんだよ。せっかく近くに住んでいたのに、今まで行かなかったのはもったいないと、父さんは思ったんだ」
「何か、父さん、変だよ…。今までと全く言っていることが違うし…」
「そうよ、桜の言う通りよ。父さん、すっかり変になってしまったのよ。今さら、そんなことをしても、もう遅いのにね…」
「あっ、母さん、お帰り!」
桜が辰雄の言動を不審に思っていたところで、小秋が突然リビングに入って来た。小秋はすっかりあきれていた…。
自分がいない間にうまいこと、子ども達を手なずけて勝手に話を進めようとしている。しかも、辰雄にとって都合の悪いことを全て隠して、話を進めている。
それが小秋には許せなかった。帰ってくると、三人の話し声が聞こえるので、こっそり家に入ってから聞き耳を立てていたのだ。そして、頃合いを見計らって、何食わぬ顔でリビングに入る。
二週間ぶりの子ども達との再会。二人はいすから飛び上がって、母・小秋に飛びつく。小秋はそれを無条件に受け入れる。本当は桜と冬彦にも「どうして、勝手に家を飛び出したのか?」と言いたかった。
でも、今はそれを言う時ではない。辰雄の悪事を全てばらして、自らの正当性を証明する時だ。一段落して、小秋が席に着くと、二人の子どももリビングテーブルに座った。小秋はもう泣くもんか…と何度も自分に言い聞かせながら…。
「父さんは、ずるいから、何一つ、本当のことを言っていない。今から、母さんが本当のことを話します」
桜と冬彦は、思わず固唾を飲み込む。辰雄は小秋の口を塞ぎたくて仕方なかったが、そんなことは子ども達の手前、できるはずもなかった。ただ、成り行きを見守ることしかできない。
「前、桜と冬彦には話したと思うけど、父さんは同じ会社で働いていた岡川遥と言う人を好きなってしまったの。難しい言葉で、浮気って言うんだけど…。それだけでも、すごい悪いことなのに…」
「おい、何を言っているんだ? まだ、十二歳と十歳の子どもだぞ…」
辰雄はさすがに堪えられず、横やりを入れる。小秋にとって、そんなのは百も承知である。それでも話さないといけないのだ。
「父さん、ちょっと黙って! 私は母さんの話も聞きたいの! 二人の話を聞かないと、どっちが正しいのかよく分からないでしょう?」
桜が父の言葉を遮るように言った。冬彦も頷いた。誰が嘘をついていて、誰が真実を語っているか…。そんなこと、子どもでも分かることである。分からないのは嘘をついている張本人だけである。
「もうすぐ、岡川って人が父さんの赤ちゃんを産むの…。父さん、岡川って言う人と、もうすぐ生まれてくる赤ちゃんが大切なんだって。もう、私達のことなんて、どうでもいいんだって…。だから、最近、あまり家に帰って来なくなったでしょう。だからね…、桜と冬彦は、母さんと一緒にこの家を出て行かないといけないのよ」
小秋はただ淡々と真実を語った。このような重い話は下手に騒ぎ立てて話すよりも、さらりと話した方が心にずしりと響く。
以前、夕食の時に感情を露にして話した際、桜と冬彦がただ不安におびえていた事を小秋は忘れていない。だからこそ、努めて冷静にありのままを子ども達に伝える。
辰雄は何も言えなかった。小秋は最悪の真実を全て話した。まさか、こんな形で子ども達に小秋が話すとは思わなかった。もうすでに、新しい部屋を見つけて、全ての荷物を移すなんて思いもしなかったことである。




