園長先生の英断(1)
「なるほど。急に仕事を辞めなければならない事情はよく分かりました。しかし、ここにいる貴方のクラスの園児はどうするんですか?」
「……」
小秋の勤務先の園長が苦悶の表情でつぶやいた。確かにその通りである。幼稚園は四月から翌年三月までの一年単位で動くので、年度途中で担任が辞めたら大迷惑だ。だが、そうは言っても、このような状況ではどうにもならない。
「年長のばら組の園児二五人だって、高松先生の大切な子ども達のはずですよ。せめて、来年の三月まではここでの仕事を続けてくれませんか…」
園長は困惑気味に頼み込んでくる。小秋は辰雄からの下らない電話を受け取った後、久々に幼稚園へ出勤した。
園長に退職届を出すために…。ところが、園長はそれを頑として受け取らない。確かに、年少、年中…とずっと持ち上がってきたクラスを投げ出すのはあまりにも無責任と言えよう。
もし、ここで小秋が幼稚園の先生を辞めた場合、急いで代わりの先生を見つけないといけないが、年度途中のこの時期にすんなり代わりが見つかる可能性は低い。
「申し訳ありません。一日考えさせてくれませんか…。本来だったら、こんな私事で無責任に仕事を投げ出してはいけないと思います。しかし、先ほども話しましたように、夫が浮気相手を妊娠させてしまったため、私には離婚するしか選択肢がないのです。子どものことを考えれば、やはり仙台の実家に戻って育てるのが、一番いいと思うのです」
「そうですか…。それは仕方ありませんね。でも、もし住む場所さえあれば、何とかなりませんか?」
そう言って、園長は幼稚園横にある空き家に視線を向ける。その空き家とは幼稚園が所有している独身宿舎である。かつては住む人もいたらしいが、築三十年を越えており、人が住めるとは思えなかった。
「ご存知だとおもいますが、もう長いことずっと二部屋とも空いているんです。最近の若い人はいい所に住みたがるからね。二部屋あれば、お子さん達となんとか一緒に暮らしていけるんじゃないですか? もし、先生が三月まで続けてくれると言うなら、特例として、三月まで独身宿舎を無料で貸しますよ」
園長も引き止めるのに必死だった。小秋は園長がそこまで言ってくれるとは思わなかったので本当にびっくりした。確かに住む所が解決すれば、どうにか三月まで仕事が続けられるかもしれない。しかし…。
「そこまで言って頂けるとは…。本当に嬉しく思います。でも、いくら誰も住んでいないとは言え、独身宿舎を無料で借りると言うのは、さすがに申し訳ないです…」
「いや、いいんですよ。さっきも言ったでしょう。最近の若い人はいい所に住みたがる。それにこの宿舎はかなりボロいから、もう壊そうかと理事会で話しているぐらいです。昔は結構使い人がいたらしいですが、今では誰も使わないですからね。だから、いいんですよ。管理人を任されたと思って使ってくれませんか? 誰も住んでいないから、管理も大変でしてね…。園長の仕事を減らす手伝いとでも思って、気楽に引っ越して来て下さいよ」




