物置に引きこもり(2)
「お母さん、ちょっと待ってよぉ…」
小秋は四〇を前にした女性とは思えないほど、甘ったるい声で母を呼んだ。彼女が実家に戻ってから、初めて泣き声以外の声を出したような気がした。なんだ、まだ泣く以外の感情が残っていたのか…。小秋はふと不思議に思った。それを聞いた真智は再び階段を登って、部屋に入って来た。
「どうしたんだい?」
「私のこれまでの人生って、一体何だったんだろうね…。あれだけ必死に築き上げたものが、一瞬で消えてしまった…」
真智はどう言う言葉をかけていいものか苦慮した。なんて言葉をかければ、この子は絶望の底から抜け出せるのだろうか…。そんな経験をしたこともない真智に、こんな時にふさわしい言葉が思いつくはずもない。
「もう、あっちに桜も冬彦も引き取ってもらおうかな…。そうすれば、私は全てを失うけど、自由にはなれるね…」
「ちょっと、黙って聞いていれば、さっきから何よ! 桜ちゃんも、冬彦君も、小秋がお腹を痛めて産んだ子どもだろう。そんな子ども達を平気で浮気するようなバカ男に任せたらいけない。何が何でも、二人はこっちで引き取らないと…。幼稚園の仕事に区切りがついたら、こっちに戻っておいでよ。こっちで私達と一緒に二人を育てたらいいんだからさ」
小秋はおにぎりを力なくかぶりつきながら、またポロポロと涙が頬に伝っていくのを感じた。母の言葉から、母の作ったおにぎりから、優しさが痛いほど心にしみた。
「あらあら、ようやく食べ物を口にしたというのに…。ちょっと、塩加減でも間違えたかしら? 小秋は昔から感情もろくて泣き虫だったからね…。まあ、桜ちゃんと冬彦君のことは、父さんと母さんに任しておきな! 勇務さんと親同士で話し合ってみるから…」
真智はそう言い残して、部屋を出て行った。一瞬でも子どもを見捨てようと思った自分が恥ずかしかった。あんな奴に子どもを任せる訳にはいかない。何が何でも親権を勝ち取らないと…。
よし、こんな所でいつまでも落ち込んではいられない。いつまでも泣き虫の子どもではダメなんだ! 小秋は自らを奮い立たせて、残りのおにぎりをペロリと平らげた。母が作ったおにぎりがこんなにおいしかったなんて…。どうして、一週間もろくに食べ物を食べずにいたんだろう…。バカだな…。
小秋はやっとの思いで半分物置になっている、かつての自分の部屋から出て、久々に熱いシャワーを浴びた。これまでのほこりやら、汗やら、涙やら、暗黒面に落ちた心やらなどを、念入りに洗い流した。そして、次の勝負にうって出ようと堅く決心した。




