どうして、こんなに優しくしてくれるんだ?(2)
岡川は耳かきを終えて、今度は辰雄の耳に自らのお腹を当てる。辰雄は何も抵抗することなく、彼女がするがままにお腹に耳を押し付ける。
「ほら、聞こえるでしょう。お腹の中の赤ちゃんが元気に動いているでしょう。もうすぐ、四ヶ月になるのよ。私、愛しているから…、辰雄のことも…、ここにいる赤ちゃんも…。だから、私は辰雄の全てを受け入れる。今、辰雄がいなくなったら、私も…赤ちゃんも…生きていけなくなるから…」
ようやく、辰雄は岡川の優しさの背景にあるものを理解した。彼女は女性から母親になったのだ。そりゃ、自分みたいなしがない男でも無条件に受け入れてくれるわけである。
それなら、自分はそれに応えるまでだと彼は思った。こんなところで立ち止まったらいけない。いいことも、悪いことも、全てを引きずり込んで、次に進むしかないと肚をくくった。
「遥はえらいなぁ…。やっぱり、女性は強いよ。俺もいつまでも落ち込んでないで、次に進まないといけないね。よし、二人…いや三人で前に進んでいこう。なるべく、早く離婚を成立させて、遥と結婚しないと子どもがかわいそうだ。どうにかして、冬彦を引き取ろうと思っていたけど、もういいや。小秋の言い分を聞き入れて、早く話が進むようにするよ。式は挙げられないし、つらい思いもさせるかもしれない…。それでもいいかい?」
岡川は辰雄の思いを聞いて、力強く微笑んだ。そして、お腹をさすりながら、お腹の子どもに言い聞かせるように言った。
「私、今日までで仕事を辞めることにしたの。そろそろ、仕事を辞めないと面倒なことになりそうだから。思い切って仕事を辞めて、子育てに専念するつもり。だから、パパ、頑張ってね!」
辰雄の心はなぜか再び揺らいだ。本当に全てを捨てて、新しいものを受け入れられるのか…。よく分からなかった。もしかしたら、これは夢じゃないのか? なぜか、そんな下らないことを思った。
時々、体の感覚が無くなる時があるのだ。例えば、テーブルの柱に足の小指をぶつけた時に小指が痛くならないとおかしいのに、痛みを感じない…。もしかしたら、ぶつけたつもりになっていただけで、実はぶつけていなかったのかもしれない。よく分からないが不思議な感覚であった…。
そんなことってあるんだろうか? よく分からないけど…。それともいろんなことがたくさんあり過ぎて、体が疲れているのかもしれない。




