桜と冬彦の家出
同じ頃、夏休みに入ったばかりの桜と冬彦が真面目な顔をして、どうやって家出をするかの話をしていた。桜には従姉妹のあおいと夏美と言う強い味方がいるので家出に乗り気なのだが、冬彦にはなぜ姉がこんなに家出をしたがるのか理解できずにいた。
「何で家出する必要があるんだよ。普通に『あおい姉と夏美姉の所へ行きたい』と母さんに言えばいいじゃん…」
「それじゃ、ダメなのよ。もう、父さんも母さんも昔の父さんや母さんじゃないの。冬彦は昔の父さんや母さんに戻って欲しいとは思わないの? このままじゃ、父さんと母さん、間違いなく離婚するよ」
「そうは言っても、母さんが父さんのことを許すとはとても思えないんだけど…」
「だから、私達、家出するのよ!」
「だから、何で家出なんだよ! 姉ちゃん…」
「もう、何度も説明しているじゃないの! 今、私達が問題を起こせば、二人は離婚のことなんて忘れて、私達のことを思い出してくれるはず。家族で一緒に過ごす大切さを思い出してくれるはず…」
「そんなにうまくいくのかな…」
「どうして、うまくいかないと思うの?」
「ちょっと前に母さんが東北のじいちゃんとばあちゃんの所へ行った時、僕を置いていったじゃないか…。僕、新型インフルにかかって熱があったのに、母さん、僕を置いて、姉ちゃんだけ連れて東北へ行ったじゃないか…。昔の母さんなら、そんなことしなかった。きっと、僕の看病を迷わずしてくれたと思う…」
桜は何も言えなかった。冬彦の言う通りなのかもしれない。だったら、もう何をしても無駄なのか? 冬彦は今まで見たことのないような寂しそうな顔をしていた。今にも泣き出しそうな悲しい横顔を見ていたら、桜まで泣き出しそうになってしまう…。
このままではいけない。桜は決心した。たとえ、一人でも行動に移そう。窓の外では強い日差しに照りつけられて、入道雲がもくもくと膨らんでいた。もしかしたら、夕方には夕立が降るかもしれない。その前に行かないと…。
「分かった。だったら、姉ちゃん、一人で行く。あおい姉と夏美ちゃんの所へ…。二人だけじゃない。修平おじさんもゆりおばさんも私達の味方だから…。じゃあね、冬彦。姉ちゃん、もう行くから…」
そう言うと、桜は冬彦の部屋から出て行った。桜は冬彦と一緒に行けるように、あらかじめ二人分の荷物を用意していた。でも、冬彦が来ないなら仕方ない。冬彦の荷物はいらないから置いていこう。
冬彦は姉が出て行った後の部屋で泣いていた。どうしよう…。このままじゃ、姉ちゃんは僕を置いて遠くへ行ってしまう…。もう、置いてけぼりは嫌だ。もう、これ以上、家族がバラバラになるのは嫌だ。
今なら、まだ間に合う。姉ちゃんに置いていかれたら、僕は本当に独りぼっちになる。遅ればせながら、冬彦も決心した。急いで桜の部屋に行って、ノックもせずにドアを開けた。
「姉ちゃん、僕も行くよ。だから、一人で行かないでよ。もう、置いてけぼりは嫌だよ…」
桜は何も言わずに頷いた。そして、弟を安心させるために、いつになく優しく微笑んだ。それを見て、冬彦は安心した。安心したことを伝えるために、力強く微笑み返した。
「よし、じゃあ行こうか! 早くしないと母さんが帰ってくるから…。はい、冬彦の荷物も用意してあるよ!」
「姉ちゃん、ありがとう」
二人はバックパックを背負い、何も言わずに家を出た。家を出る時、一瞬だけ家を振り向いたが、すぐに向き直して、何事もなかったかのように家を離れた。
まさか、まだ小学六年生の桜と小学四年生の冬彦が家出するなんて、誰が考えるだろうか。しかも、福岡の叔母の家に…。そこに叔母・ゆりの手引きがあるなんて、辰雄も小秋も思いもよらなかった。
また、夏休みがいいタイミングでやって来たものである。もし、学校の長期休業中でなかったら、桜と冬彦は家出できなかったかもしれない。




