カラオケルームでの攻防戦(1)
辰雄は小秋を家の近くのカラオケルームに呼び出した。七月末のある深夜、外はとても蒸し暑かった。
別に今からここで歌う訳ではない。両隣では学生らしきグループが楽しそうに歌っていた。あの頃のように、何も考えずに馬鹿騒ぎできたら、どんなに楽だろうか…。
ここで誰が離婚話をすると思うだろうか? ここなら、誰の目も気にすることなく、離婚話を進めることができる。
最初にこの話を切り出した時、ファミレスでしようと言ったところ、小秋が人の目があるから…と言った。それであちらから、ここのカラオケルームを指定して来たのだ。
まあ、人の目が気になると言うのも分からなくはないが…。仕事に行ってしまえば、辰雄は地域社会から逃げられるが、小秋はそう言う訳にもいかない。
しかし、それでもこんな所で今後の人生を左右するような大切な話をしようとする神経がよく分からない。辰雄は人目ばかり気にして、人目につかない場所として、カラオケルームを選ぶ小秋を見た。彼女は何を考えているのか?
全く分からない…。いつの間にか何曲か入れて、一人で歌っているじゃないか。全くもって意味不明で理解し難い。このままではいけない。思わず、机を叩いてしまった。でも、小秋は歌うのを止めない。辰雄はリモコンで演奏を消す。
「ちょっと、何よ! せっかく気持ちよく歌っていたのに…」
「何を考えているんだ! 二人でカラオケをするためにここへ来たんじゃないぞ!」
「だったら、どうしたいのか、話してよ! さっきから、辰雄さんが黙っているから、いけないんでしょう? もう、こんな重い空気、耐えられないから、仕方なく歌っているんでしょう…」
「重い話をするんだから、仕方ないだろう…」
「こんな重い話をしないといけなくなったのは、あんたのせいでしょう!」
こんな痴話ゲンカをするために小秋を呼び出した訳ではないので、とりあえず、自分の非を詫びて話を進めることにした。その際、妻が入れた曲を全部消すことも忘れずに行う。
「別にこんなことしなくても、子ども二人の引き取りと、月十万円の養育費を認めてくれれば、こんなことしなくてもよかったのに…」
何を馬鹿なことを言っているのだろうか。そんな条件、こちらに非があったとしても、到底受け入れられるものではない。自由になるために離婚するのに、離婚する前より不自由な生活はしたくなかった。




