板挟みの勇務と辰雄
勇務は頭を抱えていた。先日、小秋の父・小倉大和から電話がかかって来た。辰雄の奴め、一体、何を考えているのか…。
浮気相手の岡川がもう既に妊娠しているので、急いで決着をつける必要があった。そこで梅子の四十九日の法要で集まる際に、その話し合いをすることになった。
時期がお盆に近いので、初盆と四十九日をまとめて行うつもりでいたが、一緒にすることができなくなってしまいそうである。何か妙案はないものだろうか…。
まあ、話し合うというよりか、ひたすら謝罪するしかない。それこそ、大和・真智夫妻に百万ぐらい包まないと許してもらえないかもしれない…。
かつて勇務が浮気して、元妻・緑と離婚した時に、母・梅子が緑の両親にひたすら頭を下げながら、いくらか包んでいた。
それはやたらと、厚い封筒であったはずだ。多分、百万ぐらい入っていた。あの頃は、まだ父・竜五も生きていたので、父に思いっきりひっぱ叩かれた。
あの時、もうガンで体が弱っていた父が全ての力を振り絞って、勇務を叩いた。離婚から一年後、父は帰らぬ人となった。離婚から二八年後、まさか息子の不手際を親として、謝る日が来ようとは思ってもいなかった。
「はい、もしもし、戸島でございます」
「もしもし、私、高松勇務ですが、ゆりはいますか?」
「あっ、父さん、私よ」
「あっ、ゆりか…。父さんだけど、今度の梅子ばあちゃんの四十九日と初盆の件だけど…」
勇務は大和からの電話のことも合わせて伝えた。もはや、一人ではどうすることもできない。ここはゆりに相談するしかない。
「なるほどね…。本当はばあちゃんの四十九日でそんなことして欲しくないけど…。ねぇ、どうにかして、その前に辰雄と小秋さんの離婚問題を終わらせられないかな? 無理なら仕方ないけど、できれば早めに片付けて欲しいな…」
「そうか…。ゆりには悪いな…。父さんの時も迷惑かけて、さらには辰雄も迷惑をかけることになるんだから…」
「別に気にしなくていいの…。終わってしまったことを、今さら責めても何も変わりはしないんだから…」
そう言って、ゆりはガチャンと電話を切った。その一言が勇務の心に深く突き刺さった。本当に気にしていないなら、そんなことをわざわざ言う必要がないからである。本当に親子二代で何をやっているんだか…。
それから、勇務の姉・春子にも電話して、四十九日と初盆を別々にすることと、辰雄の浮気の件を片付けることを伝えた。春子は皮肉たっぷりに
「あなた達親子はどれだけ、私達に迷惑をかければ、気が済むのかしらね…」
と言って、やはりガチャンと電話を切った。勇務の右耳がキーンと痛む。この痛みがみんなの心の痛みなのかと、柄にもないことを考えてしまった。
それから、勇務は辰雄にも電話した。今回の問題を引き起こした張本人にもこの問題の責任を取ってもらわないと、親がどんなにうまくお膳立てしてもうまくいかない。
「もしもし、辰雄か?」
「あっ、親父、どうした?」
「どうしたも、こうしたも、ないだろう。今度のばあちゃんの四十九日にお前の不始末に決着を付けることになったからな…」
「えっ、そうなの…。でも、まだ、小秋との話がついてないし…」
「それはお前がずっと家に帰ってないからだろう。話は全部、大和さんから聞いた。あちらは着々と話を進めているようだぞ…」
辰雄は言葉を失った。確かに梅子の葬儀以来、まともに家に帰ったのは数えるほどしかない。妻に浮気のことを責められた時と、冬彦が新型インフルエンザで熱を出した時しか家にはきちんと帰っていない。
逃げてばかりでは何も解決しないことぐらい分かっている。もう、そろそろにっちもさっちもいかなくなっている。残された時間はもうほとんどない。
「おい、聞いているのか…。こっちは辰雄のためを思って言っているんだぞ。こんなことを言うのも何だが、ここは経験者の言うことをきちんと聞いておけ」
「……。経験者って、親父。まあ、そうだけどさ。わかった。早いうち、小秋と話をつけておくよ。ここで話がこじれて、裁判沙汰になると、増々いろんな人に迷惑をかけるもんな…」
「お前が神妙にしてくれれば、こっちの親同士の話も進めやすい」
「親父、ありがとう…」
「何だよ、急に…。じゃあな」
辰雄には携帯にかけたので、ガチャンと切られることはなかった。どんなに他の人々から蔑まれようとも、息子にさえ伝われば、それでいいと思った。そして、勇務は思った。辰雄は昔のことをはっきりと覚えていると…。
二三年前、勇務が離婚した時、二人の話し合いでは決着がつかずに裁判沙汰になった。緑がゆりをつれて、突然家を出て行ったため、子どもの親権や慰謝料などでもめたのだ。
結局、辰雄は勇務が、ゆりは緑が引き取ることとなった。双方の親の仲裁も入り、緑が慰謝料を求めない変わりに、手切れ金百万円で和解することとなった。裁判が長引けば長引くほど、何も知らない子ども達がかわいそうだと言うことで…。
でも、あれだけの騒ぎになったのだ。子どもだからと言って、馬鹿にしてはいけない。子どもだからこそ、大人以上に物事をはっきりと覚えていることもあるのだ。
その子どもが大人になった時、驚くほど似たようことをしでかしてくれたのも、きっとそのせいであろう。勇務は自分にそう言い聞かせることにした。




