招かざる帰省者と結婚挨拶
「姉貴、どうして、急に帰って来るんだよ。今日は楓を正式に親に紹介することになっていたから、いろいろと段取りしていたのに…」
「そんなことを言っても仕方ないでしょう。うちの馬鹿亭主がとんでもないことをやらかしたから、これからどうするかを話し合いに来たのよ」
「なんで、これから結婚しようとしている人達の前でそんな話を平気でするかな…。この人は…」
商事はバツが悪そうに楓を見た。楓は黙って首を振った。それを見て、翔次は少しだけホッとした。
二人は高校の時の同級生で、高校の時からずっと付き合っている。もう十年の付き合いになる。小秋は二人の無言のやり取りを見て、心がチクチクと痛んだ。もし戻れるなら、結婚する前の一番甘い時代に戻りたいと強く感じた。
「まあ、さっき電話で冬彦君の容態を聞いていたけど、大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫だってよ。あの人だって、それぐらいの看病はできるのよ」
「何を言っているの! あの子は新型だったんだろう。母さんは心配したよ。ばあちゃんとしてね…。だいたい、熱を出している子をほおっておいて、実家に戻って来るなんて…」
「だって、仕方ないでしょう。私だって、そんなことしたくなかったけど、幼稚園の勤務があるから、この三連休の時しか戻って来られなかったのよ」
「おい、母さんまで、何をやっているんだ。せっかく、楓さんが挨拶にいらしていると言うのに…」
「お義父様、そんな…いいですよ。私、もう帰りますので…」
「何を言っているんですか。楓さん、せっかく挨拶にいらしたと言うのに…。小秋、話の続きはまた後で聞くから、ちょっと引っ込んでくれない?」
真智はギロリと小秋をにらみながら言った。小秋は思わずたじろく。ここは引くしかない。いくら自分が不幸のどん底であえいでいると言っても、これから幸せになろうとしている二人の幸せを邪魔するようなことはできない。
「ごめんなさい…」
と、小さくつぶやきながら、リビングから出て行った。そして、二階で一人テレビを見ている桜の様子を見に行く。
「桜、今から外へ散歩しに行かない?」
「母さん、一人で行ってくれば? 今、ドラマがいい所なの…」
「あっ、そう。分かった…」
小秋は一人寂しく外に出た。誰にも必要とされないことが、こんなにもつらいなんて…。外を歩きながら、思わず外の景色が歪んできた。あまりのやりきれなさに涙がにじんでくる。
私って、いったい、何なの? 何でこんな目に遭わないといけないの? そう思わずにはいられなかった。いっそのこと、このまま消えてしまえたら、どんなに楽だろうか? 歩きながら、そんなことばかり考えた。
「それにしても、義姉さんは大丈夫かしら…」
「なんで、楓が姉貴のことを心配するんだよ」
「だって、私が追い出したみたいになっちゃったし…」
「何を言っているんだ。もともと、この日は前もって、挨拶に行くって、親父とお袋に言ってあったんだから…。それを姉貴がいきなり帰って来たから、危うく予定が狂うところだったし…」
「それはそうだけどさ…」
二人は無事に小倉家への挨拶を終えて、翔次が楓を家まで見送りしていた。翔次も楓も高校卒業後にそのまま地元に就職したので、二人とも実家住まいである。しかし、今回の結婚を機に来月から二人で新生活を始めることとなっていた。
「来週は楓の両親…菊池家への挨拶だな」
「そうね、それが終わったら、結納を早く済ませて、早く式を上げようね」
「ああ、そうだな…」
翔次は少し不安だった。それは誰もが持つ漠然とした不安であった。ところが小秋のあの現状を目の当たりにして、はっきりとした不安に変わった。それは楓も同じだった。
「でもさ、何か不安なんだよな…。今日の姉貴を見たら、急に不安になってさ…」
「えーっ、翔君…。今さら、何言ってるのよ!」
「あっ、ごめん。そんなつもりではなかったんだよ」
「本当は、私も不安なんだよ。でも、二人でここまで来たじゃないの。もう、ここまで来たら、とことん突っ走るしかないよ。いつまでも一緒にいようね」
「ああ、そうだな…。ずっと一緒にいような」
二人は車の運転席と助手席から降りてから、楓の家の前で名残惜しそうに抱き合っている。月光に照らされた影まで幸せそうに見えた。
同じ場所で幸せの絶頂にある人もいれば、不幸のどん底で地獄を見ている人もいる。小秋と翔次の親である大和と真智はどんな気持ちで、二人を見ているのだろうか…。親としては、何ともやりきれない気持ちであろう。




