愛人との看病(2)
「父さん、この人は誰なの?」
おかゆを平らげた冬彦は岡川を指さして、父に尋ねた。辰雄はしどろもどろしている。さて、何と紹介したらいいものか…。
「私は父さんの会社の友達の岡川遥っていうの。冬彦君、よろしくね」
と、岡川は当たり障りのない自己紹介をした。そのおかげで辰雄も平常心を取り戻した。
「母さんがいなくて、冬彦をどうやって看病していいか分からずに困っていたら、この人が冬彦のためにわざわざ来てくれたんだよ」
「おばさん、ありがとう!」
「冬彦。おばさんじゃない! お姉さんだ」
「何言っているの。冬彦君から見たら、私はもうおばさんよ」
岡川の一言で三人は楽しく笑った。それから、しばらくすると、冬彦はお腹いっぱいになったのか、タミフルが効いて来たのか気持ち良さそうに再び寝出した。それを見た二人は安心して、一階に下りた。
リビングで岡川が遅い夕食を作ってくれた。よく考えたら、この日は朝から冬彦の看病で全くご飯を食べていなかったことに今さら気付く。
自宅で愛人に夕食を作ってもらうと言うのは不思議なはずなのに、昼間息子の看病を一緒にやったせいか、何も違和感なかった。むしろ、当然だとすら思えた。
不思議なのは息子が熱を出しているのに、娘を連れて実家へ戻った妻の方である。二人でそんな話をしながら、楽しく夕食を食べた、我が家でこんなに楽しい食事をしたのは何年ぶりの出来事だろうか。
せっかくいいムードになってきたし、もう遅いからと言うことで岡川には泊まっていってもらおうかと思っていたときだった。一本の電話が全てをぶち壊した。
「もしもし、小秋ですけど、冬彦の熱はもう下がった?」
何、今さら電話をかけて来ているんだ。もう、このまま切ってやろうかと言う思いを何とか堪えながら、最低限の返事だけはしてやった。
「ああ、何とか下がったよ。誰かさんと違って、必死になって看病したからな。冬彦、新型インフルだったから、病院で看てもらったり、タミフルをもらって飲ませたりして大変だったよ」
「一回看病したぐらいで、偉そうに言わないで下さい。そんなことを私はいつもやっているんだから。ああ、そうそう、明後日の夜には帰るから、その時、またいろいろと話し合いましょう」
小秋はそう言うと一方的に電話を切った。それを聞いていた岡川はさすがに気まずいと思ったのか、急に帰ってしまったのである。小秋は確かにしっかり者だし、気がよく利く。
しかし、あまりにも気が利き過ぎて、周りの雰囲気をぶち壊す事がある。小秋にもかつてはぽわんとした女の子の時期もあったと言うのに…。女性は母になるとこうも変わると言うのか?
それにしてもこうなると、気の毒なのは岡川遥である。彼女はただ、熱を出した冬彦を看病するだけに我が家まで来てくれたのに…。もしかしたら、今後の二人の関係をより良くするために、冬彦を利用しただけかもしれないが…。いや、打算的なもので、あそこまで熱心に看病できるものなのか?
辰雄は女性と言うものが全く理解できなくなってしまった。まさか、不惑の歳を過ぎてから、こんなことで悩むとは思いもしなかった。