祖母の訃報(2)
夜八時頃、ようやく辰雄一家が到着した。勇務は寿司でも頼もうとしたが、四人は途中で食べて来たと言うので、とりあえずお茶を出した。
四人は梅子を探していたが、梅子は今病院にて献体を受けるのを待っている身だ。そのため、梅子の遺体は明後日まで戻って来ない。そのため、まだ通夜や葬儀まで少しだけ時間があることを勇務は四人に話した。
辰雄は、祖母の梅子が献体を希望していたことを初めて知った。死んでもなお、人のために役立とうとする姿勢に在りし日の梅子ばあちゃんの姿が蘇った。
『どんなに小さな事でいいから、一日一回はね…、人のためになることをしないといけないよ』
子どもの頃、よく梅子から言われた言葉である。今の辰雄にはその言葉が痛く突き刺さる…。つい、自分の利益だけを追い求める日々をひそかに反省した。そして、家族に対する重大な裏切りも…。
「姉貴達は明日かい?」
「ああ、ゆり達は明日の昼頃に着くらしい。遠いから朝から飛行機で来るとさ」
辰雄がぶっきらぼうに尋ねて来たが、勇務は努めて丁寧に答えた。これからいろいろ手伝ってもらう事になるので、どうしても丁寧にならざるを得なかった。
そんな時に家の電話が鳴り響いた。そこで勇務が出ると小秋の父親からの電話であった。明日の夕方にはそっちへ向かうと言う事だった。ただ残りの二人の息子には連絡したが、まだいつ行けるか分からないとのことだった。
「小秋さん、大和さんから電話だよ」
せっかく、小秋が来ていたので、必要な要件を話した後に電話を変わった。こちらはかなり緊張したと言うのに、彼女はずいぶんリラックスして話していた。まあ、実の親子だからな。義理の関係とはずいぶん面倒なモノである。
それから、しばらくの間、茶の間にて五人で話していた。すると、小秋の携帯が鳴った。翔次は明日の昼過ぎに来るらしい。和広からはとうとうこの日は連絡が来なかったようだ。
やがて、小秋、桜、冬彦は寝てしまったので、勇務と辰雄は二人でビールを軽く飲み出した。さすがに深酒はしなかったが、軽く酒でも飲まないと男二人では会話も弾まない。
「親父…いや、じいちゃんが亡くなった時は、まだゆりも辰雄も結婚してなかったな。まだ、他の親戚の親達も元気でいろいろ手伝ってもらったな…。あれから二〇年経って、もう他の所の親も、兄貴も、春子の所の主人も、みんな、あの世へ行ってしまったな…。
おふくろが最後まで残ってくれたけど、とうとう逝ってしまったか。いつの間にか、ゆりが結婚して、辰雄も結婚して、新しい親戚が加わった。わずか二〇年足らずの間に親戚の顔ぶれもすっかり変わったな…」
勇務はしみじみと語った。まだ、妹の春子がいるとは言え、他家に嫁いだ身だから、そんなに頻繁に連絡も取っていない。妻とは若い頃に離婚したので、本当に寂しい老後であった。
「いや、わずか二〇年ではじゃなくて、二〇年も経ったんだよ。二〇年前は姉貴はまだ大学を出たばかりだったし、俺もやっと大学に入った頃だよ。あれから二〇年、今では二人とも二児の親になっているからね」
「同じ二〇年でも、二〇代からの二〇年と、五〇代からの二〇年は全然感じ方が違うと言うことか…」
勇務は息子の二〇年間と自分の二〇年間の感じ方が全く違う事が、にわかには信じ難かった。しかし、自分の若い頃を振り返ってすぐに納得した。この複雑な気持ちは今の息子には分かるまいと感じた。
「まあ、子どもの成長を間近で見られるうちは、まだ時の流れを実感できるけど、子どもが大人になって家を離れると、嘘のように時の流れが止まるからな…」
「親父、そんなことを言うなよ。ばあちゃんが亡くなって、ただでさえ悲しいと言うのに…。おい、親父…。ああ、また寝ちゃったよ」
辰雄はすっかり酒が弱くなった父を見て、こうやってみんな年を取っていくのかな…と、ふと思った。辰雄自身、若い頃と比べると、酒が飲める量が減っている。そのうち、飲んでいる途中で寝るようになるのかな…。歳には逆らえない。