心が痛い…
桜は不安だった。母が今度の週末に東北の大和じいちゃんと真智ばあちゃんの所へいくと桜と冬彦に告げた。
盆や正月でもないのに、わざわざ東北に行くなんて…。それが普通ならありえないことだと言うことぐらい小六の桜にでも分かる。それなのに冬彦と来たら、
「わ〜い、東北のじいちゃんとばあちゃんの所に行ける」
なんてはしゃいでいたし…。やっぱり、男の子とはそう言うことに疎いんだと思う。どうして、母さんがじいちゃんやばあちゃんと、父さんのことでいろいろ話し合うことが思いつかないのかな?
母は夕食の時に突然父が浮気している事を話した時から、ずっと様子が何か変だった。あの時だって、ご飯の時に突然笑い出したと思ったら、今度は急に怒り出したし、本当に怖かった。でも、冬彦はそう言うの疎いから、全然気にしてない。ああ、男の子は気楽でいいな…。
また、夏美ちゃんやあおい姉にメールでいろいろ話してみようかなと思ったけど止めた。もう寝ようと思い、部屋の明かりを消した。そして、ベッドに勢いよく倒れ込んだ。
突然、涙があふれた。桜は泣くもんかと思ったけど、涙は止まらなかった。暗い部屋の中でしゃくり上げる声が響き渡る。泣いている自分が悲しくて、やるせなかった。
今までたくさん泣いたことがあるけど、こんな気持ちになったのは初めてだった。泣いていることを母さんには知られたくなかったので、必死になって口元を抑える。それでも嗚咽は収まらない…。抑えようと思うと、増々堪えきれなくなって、鳴き声はさらに大きくなってしまった。
これを母や弟に聞かれたら恥ずかしい…。どうにかして、自分で押さえなくては…。そう思ったのに…。
「桜、どうしたの? お腹でも痛いの?」
突然、ドアが開いたのと、同時に小秋が入って来た。どうやら、鳴き声が部屋の外まで漏れていたようだ。桜は急に恥ずかしくなってしまった。でも、鳴き声は抑えられなかった。
「ねぇ、どうしたの?」
「お腹は…痛くない…」
「じゃあ、どうして、泣いているの?」
桜もどうして泣いているか、よく分からないのに…。母からの質問に答えられるはずもない。その時、ふと思いついたことを言ってみた。
「心が…痛い…」
その一言を聞いて、小秋ははっとした。桜は多感な所があるから、これまでのやり取りの中で、心を痛めていたのかもしれない。そして、小秋はこれまでの行動を反省した。
どうして、辰雄のことをもっとオブラートに包んで話すことができなかったのか。もっと、他にも言い方があっただろうに…。
「そうか…。ごめんね…。よし、今日は久々にお母さんと一緒に寝ようか…」
小秋はそのまま桜のベッドに潜り込んだ。母として、娘の心の痛みによりそうのは当然である。むしろ、ここまで娘を追いつめてしまった事を恥じる。
桜はそれが嫌でたまらなかった。どうして、大人はそんなに勝手なんだろう…。本当は思いっきり突き放してやりたかった!それなのに、小秋は桜を力一杯抱きしめてくる。もう、やめて!…と叫びたかった。それなのに、声が出なかった。
こうやって、娘と一緒に寝るのは何年ぶりだろうか…。いつも、一緒にいるはずなのに、何も分かってあげられなかったなんて…。二人の心臓の音に混じって、不規則にしゃくり上げる音が何かを訴えているようである。
桜は力を振り絞って、母を突き飛ばしてやろうと思ったのに…。ふと目を開けると、月明かりの下で、小秋が音を立てずに泣いていた。なんだ…母さんも、同じなんだと感じだ。
これって、全て父さんのせいなのだろうか? そしたら、母に抱きしめられているように、桜も母を抱きしめてあげたくなった。不安なのは一人じゃないと分かったら、とたんにホッとした。
安心したら、いつの間にか泣き止んで、母の胸の中で心地良い眠気に包まれて…。
やっと、落ち着いたか…。娘の寝息を聞きながら、小秋はようやく安心した。桜は悲しいだけではなく、怒ってもいるようだった。まあ、蹴られるようなことをしてしまったわけだし、一発ぐらい甘んじて受け止めておこう。
まさか、娘からそのような仕打ちを受けるとは思わなかったし、娘が心を痛めて泣くなんて思いもしなかったので、思わず涙を流してしまった。それがよかったのかもしれない…。ふと、桜と目が合った。それから桜が落ち着いたのがはっきり分かった。