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親子二代の離婚  作者: あまやま 想
浮気の代償
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視線を合わせるのが苦手な者同士

「あなたの奥さんって、面白いことを言うのね…。私は人からじっと見られるのは苦手だから、辰雄さんみたいな人の方が落ち着くんだけど…。でも、視線をそらしたり、目を合わせられなかったりすると苦労すると思う。

 世の中では目を合わせて話をすることが正しいこととされているんだから…。せめて、好きな人といる時ぐらいは視線のことなんか気にせず、自然体でいたいよね。あーあ、少数派って、どうしていつも追いつめられるんだろうね…」


 妻の説教でこってりしぼられた翌日、辰雄は岡川を昼食に誘った。そして、昨夜の顛末を話したところ、彼女はかなり視線の話が気に入ったようである。


 どうやら、岡川は小秋と逆で人の視線が苦手なようである。そして、辰雄が人の視線が苦手なことまで見抜いていた。彼はそのことを驚いた。なんでそんなことが分かるのか? 辰雄は岡川が人の視線を苦手としていることを、この日初めて知った。もし、こんな話をする機会がなければ、一生気付かなかっただろう。


 まあ、以前から岡川とは言葉では言えないが、何か分かり合えるものを持っているとは思っていたが…。それにしても、女性はどうしてこんなに何かを言葉にするのがうまいのだろうか?


 思えば、物心がついた時からいつも「話をする時は相手の目を見なさい」と注意されていたっけ…。


 酷い時には顔を無理やりつかまれて、無理やり目と目を合わされたこともあった。そう言うのは大抵何かしでかして、怒られている時に突然されるものだから、突然の恐怖によく泣き出したものである。


 それに怒られている時に怒られる理由が増えることが幼心にとっても理不尽極まりなかった。そうやって、ますます人の目を見て話をすることが苦手となり、大人になる頃には目をそらして話をするのがすっかり当たり前になってしまったのだと思う。


 それからも何かあるたびに目線のことを注意されて、いつも途方に暮れていた。もし、このように岡川のような人間がもっとたくさんいてくれたら、それだけでもっと気楽に生きていけると思う。


 もっと早くに岡川のような人と出会えていたら、人生が変わっていたかもしれない。自然体で過ごせることがこんなに楽だと知ったら、もう岡川を手放すことはできないな…と感じる。


 人生とはなかなか思うようにいかないのは別に今に始まったことではないけど、辰雄は今更ながら生きることと、目線を合わせて話すことの難しさを痛感した。このまま行けば、きっと今の家族を失うことになる。いや、別に失ってもいいとさえ思えた。たとえ、幼い日の自分を傷つけることになっても…。


「よし、ならば人からじっと見られるのも、目を合わせるのも苦手な者同士で一緒になるか…。前に進むのも地獄、後ろへ引き返すことも地獄だと言うなら、前に進んだ方がまだマシだろうよ」


 そんなことをボソリとつぶやいたら、岡川が突然ハンカチを取り出して、目元を拭い出したので驚いた。彼女はやや感情的な所があり、すぐに泣き出すのが玉にキズである。そんなちょっとしたことで泣いていたら、すぐに涙が涸れてしまうだろうに…。


「おい、どうしたんだよ…はるか。俺、また変なことを言ってしまったか?」


「いや、違うの。うれしいの…」


「何だって!」


「辰雄さんが、私と一緒になってくれる決心を固めてくれたんだから、こんなうれしいことはないよ。辰雄さん、二人で幸せを勝ち取っていきましょうね」


 喜ぶ岡川を前にして、辰雄はそれを否定することができなかった。辰雄は別に覚悟を決めた訳ではない。話の流れで何となく、人の視線を苦手にする二人が一緒になった方がいいのかな…とつぶやいただけである。何の決意もない、ただ適当に言っただけのあまりにも軽過ぎる言葉だ。


 それを岡川は辰雄の覚悟の言葉として受け止めてしまったのである。とんだ勘違いであるが、今更それを弁解できそうもない。


 それは彼女の体内で育ちつつある小さな生命みたく、消すことのできないもう一つの意思になっていた。


 新しい生命が育つ一方で、今まで育んできた様々なものを見殺しにしようとしている自分。辰雄は小秋や桜や冬彦のことを考えると、自分の残酷さや子どもの頃に見た父と母の修羅場を思わずにはいられなかった。


 これからの道は楽しくて甘いだけの道ではない。それはとても険しい茨の道でもあるのだ。辰雄は自分のふがいなさをただ情けなく思うのであった。果たして、今の辰雄に茨の道を登りきる自信は全くなかった…。このようなことはなるようにしかならないだろうから、あとは野となれ山となれ…と考えるしかない。

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