祖母の訃報(1)
「えっ、ばあちゃんが亡くなった? あの病気知らずのばあちゃんが…」
六月二五日、僕は珍しく電話をかけてきた親父の一言に驚きを隠せなかった。もし、ここが取引先でなかったら、その場で泣き崩れていたかもしれない。
「そうだ。何でも急性心不全でぽっくり逝ったらしい。いつもなら朝五時には起きるはずなのに、いつまで経っても起きないから、様子を見に行った時には、もう手遅れだったんだよ…」
あくまで勇務は気丈に振る舞った。そうしないと気が持たなかったからだ。こんな時に妻がいてくれたらと思うが、いない者はしかたない。
「わかった。今から休みを取って、すぐにそっちへ行くよ」
「そうか。そうしてくれると助かる。では、また後でな…」
そして、電話が切られた。外回りをしている最中だった。とりあえず、急いで会社に戻って、このことを上司に報告しなくては…。僕は暑い中、小走りで会社に向かった。あっ、もうすぐ信号が赤になる。急いで渡らないと…。
その時だった。右折して来た車が勢いよく僕に向かって来た。僕は必死になって避けようとしたが間に合わなかった。そのまま、車にはねられてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、ちゃんと前見て、運転して下さいよ!」
「これから警察と救急車を呼びますので、安静にしていて下さい」
「何を言っているんですか! 私は急いでいますので、これで失礼します」
しかし、幸いにも大事には至る事なく、かすり傷一つで済んだので、辰雄はそのまま会社に向かった。こっちは祖母が亡くなって、急いで帰らないといけないのに、悠長に事故検証などしている時間はない。
とりあえず、相手の車のナンバーを覚えていれば大丈夫だろう。あれっ、車のナンバーだけじゃ、相手と連絡取れないじゃないか…。でも、大した事故じゃないし、まあいいや。
会社に着くと、辰雄はさっそく上司にこのことを報告して、休みを一週間取った。祖母だと三日間しか忌引休暇は認められないので、残り四日は有休を取った。どうせ、こんな時でないと有休なんて取れないんだから、思い切りが大切である。
それから、妻の勤め先に電話して、祖母・梅子の死を伝えた。また、桜と冬彦の学校にも連絡するようにお願いした。時計を見ると昼の三時を回ったばかりだった。長い一日になることは確実だった。
家に帰ると、すでに桜と冬彦が帰っていて、小秋と三人で梅子の葬儀に駆けつける準備ができていた。そこでさっそく車の準備をして、そのまま荷物を積み込んで、休む間もなく祖母の所へと向かった。
「まだ、お義父さん、一人なんでしょう。早く行きましょう」
悲しみのあまり、全く話をしない子ども二人と辰雄とは違い、小秋は努めて冷静であった。珍しく妻の存在をありがたく思ったのであった。父は今から二八年前に離婚してから、ずっと独り身であった、
定年後は祖母の所に身を寄せていた。健康な祖母は無くなる前日まで介護のたぐいを全く必要としなかったようで、父はよく「のびのびと過ごせてとても楽だ」と言っていた。それが今では…。
勇務は息子と娘に電話した後、さらに息子の妻の実家と娘の夫の実家にも電話した。息子と娘の結婚以来、ずいぶん疎遠になっていたので、電話をしたときに思わず声がうわずってしまった。
それから、かつての妻に連絡しようかとも思ったが、辞めた。もう、離婚してから、二八年も経つ。もはや、どこにでもいる他人と全く変わらない。子ども達は定期的に会っているようだが、勇務自身はあれ以来一度も会っていない。
まあ、それなりに元気にやっているらしい。もし、梅子の死を知ったとしても、緑は母を心底嫌っていたから、葬儀に顔を出す事はないだろう。