二章 ノスタルジア・カレー 其の2(上)
すみません、これ以降は更新速度が遅くなりそうです・・・。遅筆なので。
今まではチートや魔法みたいなものですから(汗。
構想は完成しているはずなので安心を。安心って何に?
金髪少女は目元をこす擦りながら「お父さん……」と、寝ぼけていた。
やがて完全に目を覚ましたのかきょろきょろと部屋を見回す。その目がぼくを捉えた。
「あのっ」
身体も服装も清潔になった彼女はやつれているのが気にならないほど見目麗しい。
「助けていただき有り難うございます。名前を確にn……、伺ってもよろしいでしょうか?」
あれ? 噛んだのか?
「自分から名乗るのが礼儀だろうが」
おっと、捻くれ者になっちまった。駄目だこれは、もてない男の典型的なパターンだな。彼女はふっ、と、息をこぼして微笑む。
「おっしゃ仰る通りです。無作法でしたね。私はおっ……」「お?」
また噛んだのか? 金髪少女が口ごもる。一拍置いて、
「ミレイ・ミーガオです。ミレイと呼んでください」
ミレイ? 中国人っぽい響きだ。見てくれは欧米だけど、日本語は上手だし。国籍はどこだ。
それにしても淑やかな話し方だ。
「ぼくの名前は老神歩です。よろしく」
「老神……む?」
ミレイさんが茫然自失になる。口が半開きだ。まばたきをしていない。
ぼく、変な事言ったか? 自分の言葉を反芻したがおかしな点はない。どうしよ。ちぃにアイコンタクトを送った。ちぃはカレーライスを食べて知らない振りをしていた。「兄者が責任をとって解決しろや」ってか。ミレイさんに敵愾心でも持ってるのか。
聞き取りづらかったのかも知れない。ゆっくりな口調で再挑戦する。
「おいがみあゆむ、です」
ミレイさんの顔が驚愕の表情に染まる。
「ええ!? 嘘だ!」「本当だこら」「こんな死んだ魚の目をした男が老神歩なわけない!」
初対面の人にタメ口してしまう程驚いたのか。小さく整ったあごをがくがく震動させている。
「お、老神歩さんの弟さんとかじゃないんですか? 私を騙してませんか?」「嘘偽りなくぼくこそが、老神歩だ。……まず落ち着きなさい」「……はい」
……この名前にどんな偏見を持ってるんだ。
深呼吸をして落ち着いた彼女はテーブルの上に並んでいるご馳走を物欲しそうに凝視した。ぐぅ、とミレイさんの腹の虫が鳴いた。ミレイさんが赤面して俯く。
「……カレー、ミレイさんも食べる?」
「え! いいの! ……じゃなくて、いいんですか?」
ダッシュした。
ははは、そんなに急がなくても食べ物は逃げないぞ。
さて、ぼくも食べるとするか。
椅子に腰かけてスプーンを手にした。――あれ? カレーがなくなっていた。逃げられた!
犯人は九割九分九厘でちぃだ。ミレイさんは食べ始めたばかりだから必然的にこうなる。当の本人は幸せそうに腹をさすっている。
鍋の中や炊飯器の中も空っぽだった。早食い過ぎるだろう。ミレイさんの食べる分は律儀に残している事に明瞭な悪意を感じる。坂本が同じ事をしたらキレる自信がある。しかし、ちぃの場合は「そんなに美味しかったか」と喜ぶ。盲目気味だけど気にするな。
サラダの生存を確認した。ちぃは苦手ではないが野菜を積極的に摂取しようとはしない。
夕食がトマトとキュウリとレタスというのはいかがなものだろう。ベジタリアン生食派に目覚めないか心配になってきた。
正面に座るミレイさんは物凄い勢いでカレーライスにがっついていた。ただ腹を満たすというよりも大好きな料理を食べているように見える。料理人冥利に尽きる。
きれいに平らげたミレイさんは合掌して礼をする。
「ご馳走様でした」
「美味しかったかな?」
「はい。久しぶりに食べましたがやはり称賛に値する味です。この頃から味の伝統が続いていたんですね」
「何言ってるんだ?」
しまった、とミレイさんは口に手で蓋をする。
「戯言です。忘れてください」
はあ。……褒めていると受け取ればいいだろう。
ミレイさんは飢えから回復して心に余裕が生まれたのか自分の境遇を語りだした。
話が長いので要約すると家はあるが、とある目的のためこの街を訪れたが迷子になったとのこと。財布も落として非常に危機状態だったらしい。その時、ぼくに助けられたそう。つまりぼくは命の恩人だワーイ。
とある目的については教えてくれなかった。
ミレイさんが自分の着ている服とちぃを指差して訊ねる。
「これはこの子の物ですか?」
「ああ、妹のだ」
仏頂面のちぃはぶらりと手を上げる。「そーだよ」
「有り難うございます、えっと、ちはr――名前を伺ってもよろしいですか」
噛んだのか? ミレイさんは『やっちまったぜ』的にぺろりと舌を出していた。
「愚妹、老神智波留。よろしく」
「こちらこそよろしくです。智波留さんの服はセンス良いですね。私ってこういう服着たことないから、よく分からないけど似合ってます?」
「……もっと大人っぽい方がいいかも」
ちぃはミレイさんを敵視してるんじゃなくて人見知りしてるだけかも。
「……これ……おいしいよ。食べる?」
「わあ。頂いてもいいんですか!」
ちぃが箱を見せる。『うなぎ饅頭』と印刷されている。地元名物だ。うなぎ漁が盛んな訳でもないのに。ミレイさんに振る舞っていた。ぼくに訊いてくる。
「兄者は? 好物だったでしょ? ほら、食べなよ」
「いや、ぼくは遠慮しておくよ」饅頭が嫌いになってしまったから。
ちぃに脇腹をつねられた。拗ねてしまった模様。涙目になりながらミレイさんを恨む。
「君のせい所為だからな」「はい?」
饅頭を食べているところを眺めていると喉が渇いた。ガラスのコップに麦茶を注ごうとした。
すると、急に頭がきりきりと絞めつけられた。頭痛がぶり返したようだ。
さっきの数段上の強さでぼくを苦しめる。この痛さは筋肉隆々のマッチョメンにこぶしで、こめかみをぐりぐりと押さえつけられる感覚と似ている。ぼくの持病で慣れれば大半の痛みは我慢出来るがマッチョメン級となれば話は別だ。すぐさま休養を取らねばならない。さもないと選手交代して軍用ジェット機がぼくの頭をぶち抜くことになる。
「ちぃ、頭が痛いから後のことは頼む。皿は洗っておいて。風呂は湯を沸かしてあるから勝手に使っていいよ。あと、ベッドメイキングもよろしく」
「大丈夫? こんなに具合の悪い兄者は久しぶりだよ。待っていて、今すぐ用意するから」
ぼくの様子に気づいて居間を飛び出しそうな勢いのちぃの手首を握って窘める。早とちりするな。
「ぼくはソファで寝るから。ぼくの部屋にミレイさんが泊まるんだ。ベッドのシーツは交換しておいてね」
「分かった。ベッドの下に隠してるお宝本を撤去すればいいんだね」
「おーい、誰か通訳を連れて来い」
奇妙にねじくれた反抗期を発揮するちぃだった。
どうしてベッドの下に隠してあると知って……いや? 何もないよ。本当だよ? しらばっくれてなんかないよ。真実を述べているだけだからね? ……後で小一時間問い詰めてやる。