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一章  饅頭怖い 其の2

 あ、どうも。ぼくこと老神歩おいがみあゆむです。


 冒頭からぶっ飛ばしてすいません。見苦しかったですよね。普段はもっとクールでニヒルな性格なんですけど……。あ、鼻で笑うなコノヤロー。敬語使う気失せただろうが、謝れ。でかい口きいてごめんなさい。


 さて、簡単に自己紹介でもしよう。

 ぼくは何処にでもいる平凡な(←ラノベってこんな人物に限って非凡な才能を持っているよな。むかつくよな。個人的に立派な詐欺だと思う)中学三年生だ。

 『ぼく、実は陰陽師の末裔なんだ』っつー厨二病は卒業して受験という現実と向き合わなければならない学年だ。


 そんな中学三年生にスパイスとして無気力と臆病を少々。うん、完璧だ。ぼくの出来上がり。冷めない内に召し上がれ。以上、アユムの一分クッキングでした。

 無気力と臆病については友人もどきが教えてくれた。自覚は無いけれどその友人もどきが言うことは常に正しいのでその通りなのだろう。


 特技は何処でも寝られること。趣味も寝ること。

暇さえあればいつも寝ている。典型的なダメ人間である。将来、働いたら負けだと思ってるって、ほざきそう。

 学力・運動能力ともに平均を下回る。通知表を見るたびにぼくはやれば出来る子と自分を慰めている。


 容姿などもってのほかだ。目と口が常時半開きで恋愛なんて出来る筈が無い。一時期、この欠点を矯正しようと決意したが不純な動機だと悟って、格好つかなくなり挫折した。ぼくの妹は美形だけど兄妹揃って美形には神様がさせてくれないようだ。


 「ぶつぶつと誰と喋っているんだい」

 背後から歯切れのよい声がした。すぐに声の主が分かる。

 「頭に住んでいる妖精に」

 「電波発言すんな」


 制服の美男子がズボンのポケットに手を突っ込んで苦笑している。

 挨拶なんてしたくないが妖精達のためだ、仕方ない。

 「おはよう。坂本舜(さかもとしゅん)

 「そのわざとらしいフルネーム呼びはどうした」

 洒落たワインレッド縁の眼鏡をくいっと上げる。所作がきざったらしいので癇に障る。しかも似合っているから悔しい。


 「さ、行こうか」「チッ」「おい(怒)」

 登校中に出会ったぼくと坂本は一緒に歩くことになる。最悪だ……。ぼくの持っている全力で悪態をつこう。

 「で、『妹が美形……』とか言ってたけど頭の調子はどうだ?」

 「お前より調子良いよ」

 「黙れシスコン。東京湾に沈めるぞ」

 「腐れ人格破綻者。宇宙の藻屑となって消え去れ」


 道すがら昨日饅頭がいた場所を横目に見るが消えていたので安堵した。でも、何となくあの姿がぼくの心に引っ掛かったままだ。心情を察したのか、ぼくの肩に腕を回し

 「老神が俯いて呟いている時は現実逃避か思考中と決まっているのさ。ほれ、俺に話してみ。気が楽になるぜ」

 イケメンが男前な台詞を囁いてるぞ! 胸がときめいたぞ! 安心しろ、冗談だ。


 ……お前に話す? だが断る。

 「嬉しそうにすんな腹黒野郎」

 「ああ、老神の弱みを握れるかもしれないからな」

 黙って通学鞄を坂本の後頭部へフルスイングする。身をかがめられてあっさりと回避された。畜生、無念なり。


 空振りした反動で躓いた。頭上でパシャと撮影音がした。犯人はこちらにスマホを構えていた。学校に携帯電話を持ち込むのは校則違反だけどぼくも持ってきているから、チクることは出来ないのだ。――お互い悪ってことよ。


 しまった、一本取られた。冷や汗が全身から湧き出る。今日一日はこのネタでからかわれる。憂鬱だ。猫背気味な姿勢がさらに酷くなる。

 それから学校に着くまでが拷問だった。写真を見せつけられたり、こける場面を真似されたり。耐えた自分に拍手。苛めまではいかないけれども、いい具合に恥を掻かせてくれるからたちが悪い。

 彼の前では些細な失敗すら許されないのだ。



 ここだけの話。はっきり言ってぼくは坂本舜が嫌いだ。

 中学一年の時に知り合ったのだけれど三年間連続同じクラスだ。

ペアや班を組む時も九割五分の確率で一緒になる。呪われてるんじゃね? ってレベルで坂本と共同作業を行う事になる。


 腐れ縁ではない。

 腐れ落ちていなくなれや! 縁、である。

 坂本は学年首位のテスト結果、ソフトテニスの全国大会準優勝、生徒会元会長、クールで秀逸なルックスで学校の女子から屈指の人気を誇る。その他諸々の輝かしい業績。

 死角の無いパーフェクト男だ。――人格以外はな。実態はおちゃらけボーイだ。


 比べてぼくは冴えない凡人だ。

RPG風に例えると、あいつが伝説の勇者で、ぼくが村の入り口に佇む案内役。村の住人はいくら頑張っても勇者、いや、従者にすらなれはしない。


 ……で、坂本が嫌いな理由。

 それは彼が事あるごとに絡んでくるからだ。

 ぼくに才能を見せつけて劣等感を産み落としたり、軽い嫌がらせをしたりしてくる。で、挑発的に戯言をぬかすのだ。……ぼくの気持ちが、わかるだろ? おっと。


 校舎の玄関に到着していた。下駄箱で上履きに履き替えているとぼくをからかうのに飽きた坂本が尊大な態度で言い放つ。

 「いつまで死んだ魚のような目をしているんだ。いい加減面倒臭がるのはよせ」

 意味不明だ。ぼくは肩をすくめて教室へ向かった。坂本がぼくを追う。

 「おい、口を開くのも面倒だってか?」

 「違う。お前にかま構うのがこの上なく面倒なだけだ」

 口論するぼくらははた傍から見れば仲の良い友達に見えたかもしれない。


 校庭の松林の影に饅頭が転がっていた。

 「――見つけた、老神……さん?」

 掠れた声が聞こえた。


 三年一組。十時半。黒板には十一月十五日と磁石が貼られている。

 カバ似の中年教師が黒板を数式で埋めている。起伏の無いお経のような説明は耳に吸収され、あくびとして口から排出される。成程、義務教育とはあくびの技術を習得するために存在するのか。文部科学省を冒瀆してしまった。だからなんだ。


 周りの授業についていけない生徒もちらほら眠りの舟を漕いでいる。

 カバも気づいているのだろうが見て見ぬふりをしている。この学校には事なかれ主義を貫く先生が大半を占めている。こちらとしてはありがたい。

 ぼくの座席は後方の窓際だ。ここは日差しが良く寝るのに最適なポジションだ。ぽかぽか暖かくなり目蓋を下ろす。あくびを噛み殺す気力が勿体無いので放し飼いすることにした。


 幸せだ。

 机にへばり付くと生温かい。慣れればこれも心地よい。いけない、鉄板の上のバターの如く溶けてしまいそうだ。首だけ上げて薄眼を開ける。


 先頭に座る坂本は絶え間なくシャーペンを動かしている。あいつは、学校じゃ模範生で通っている。

 皆、騙されるな。坂本の中身は黒くドロドロしたものがぎっしり詰まっているぞ。誰か彼のハリボテを剝いでくれ。


 反対にぼくはこれといった長所も無く授業を真面目に受けない生徒。神様、どうしてひねくれ者にばかり才能を与えるのですか? そっか、神もひねくれ者だからか。納得だ。

 ああ、駄目だ。自分と他人を比較して卑下したがるのは昔からの悪い癖だ。


 自己嫌悪から逃げるために寝ることにした。

 勉強しなくてもいっか。ぼくの酷い身内から「なるべく兄者は頭を使うな」と命令されているからお言葉に甘えさせてもらおう。


 カバ先生の平坦な声は子守唄にぴったりだ。ベビーシッターの方が天職なんじゃないかと思う。機会があったら勧めてみよう。

 うとうと微睡む。眠気の波に揺られる感じが堪らない。だいぶ早い昼寝だ。


 校庭の粗大ゴミは何処かへ消えていた。


 ぼくは紅白饅頭に押し潰される夢を見ていた。

 夢と理解していたので饅頭を放置して、夢の中で眠る高難易度の大技をやってのけた。


 「――ょっと! ちょっと! 歩ぅー!」

 「……ん?」五月蠅いな。

 片目を開くと一人の少女が立っt「ぐふ」中段の回し蹴りが直撃した。机に突っ伏して惰眠を貪っていたが机ごと蹴りやがった。まことに豪快である。


 学校の机を倒した時の独特な頭蓋骨に響く音が教室中に拡散する。ぼくはこの音が大の苦手で生理的に受け付けない。両手は耳栓役に徹した。その為、勢いを和らげることができず尻もちをついた衝撃が強力だった。痛っ。反射的に目を瞑る。

 尾骨が贅肉をすり潰し、机が膝の皿小僧に墜落した。


 見渡さなくても辺りの反応は大体予想できる。同級生達は「またあいつらか」と呆れているに違いない。前回も前々回も同様だった。

 ささやかな贅沢を叶えさせてくれるなら、「またあいつらか」じゃなくて「またあいつか」にしてほしい。ぼくは、しがないサンドバックだからね。純然たる冤罪だ。


 加害者は迷惑を掛けているのを意に介さない。むしろ、エキサイトしちゃってる。ほら、もう一発足が飛んできた。「ぐがっ」止めを刺された。

 ひでえ。だって一回蹴っただけで十分なのに床で仰向けに転がっている瀕死状態の人間のみぞおちを踏みつけたりする? あるあるあ……ねーよ。これはボクシングで相手をノックアウトしたってのにマウントポジションをとって殴打し続けるような暴挙に等しい。


 戦々恐々と彼女を窺う。スカートの中が見えそうd、注文していない蹴りをお見舞いされた。まるでゴリラのような威力だった。素直に口に出したら白目を剝かれた。

 彼女の名前は白沢静華しらさわしずか、幼稚園からの友達だ。愛称『しーさん』。ちなみに三年二組だ。


 短く切りそろえた黒髪に一見大人しそうな目鼻立ち。だが意志の強い煌く瞳を持っている。

 見た目は清楚な美人。街頭アンケートで百人中九十九人はイエスと頷き、一人がイッツアゴリラと、叫ぶ(ぼく)だろう。だがお嬢様みたいな近寄り難い美しさじゃない。多少怪我することを厭わないならば気楽に接せる小規模な娘だ。例えるなら富士山と桜島の御岳ってところか。


 先程にあった御岳様の行動からも判るが、可憐な容姿や名前とは裏腹に危険な人だ。

 両親がボクシングジムを経営している影響でしーさんはボクシングが上手い。で、ここまでは「凄いね」で済まされる。ここからが問題だ。ボクシングだけにとどまればいいのに節操無く色々な格闘技に手を付け始めたのだ。柔道、空手、サンボ、太極拳、軍用格闘技……。日に日に歩く殺人兵器に近づいていく。今習っているのはムエタイか?


 「痛かったらごめんね」「許さないグハ」

 ……語尾を変化させて他人のキャラとの画一化を図っているのではない。

 もし、ぼくがしーさんのやんちゃぶりを知らなかったら恋心を抱いていただろう。

 勿論、幼少期からしーさんの恐ろしさをこの身をもって認知しているので恋愛対象になどなるわけないわけだが。しーさんとラヴラヴカップルになる可能性は絶対ないないないな。否定しまくったら回文になって微妙に感涙する。

これは、ぼくがマゾになるという意味でもある。そのため恋人になる可能性と等号で結べる。つまり、ないな。大事なことなので二度言いました。

 「もう一度言うね。ごめん」「……イイヨ」


 彼女の手を借りて立ち上がる。根は優しい女の子なのになぁ、玉に傷だ。

 「坂本くんから聞いたんだけどさー」

 しーさんは髪を手櫛でと梳かしている。彼女は小学校高学年の時までは髪を伸ばしていたが、今はばっさり切っている。機動性を向上させるためだと秘かに睨んでいる。

 「ホントに寝てたの? 受験生なのにさ」「……」「おーい、鼓膜さーん、仕事してますかー」「……ん? んん?」


 首を傾げる。

 「今、何時限目?」無視するなー、と声がしたけど幻聴だ。

 隣からつばを噴き出す音がする。汚いんじゃボケ。坂本だった。

 「放課後だ」「マジっすか」


 教室は夕日の橙色に染まっていた。見回すとクラスメートは各々教科書を鞄に詰め、帰宅の準備をしている。

 しーさんがぼくの机と椅子を元の位置に直すのを手伝ってくれる。後片付けは大切だ。しーさんが苦笑する。

 「どうやら坂本くんの供述は正しかったらしいね。二時限目から丸々六時間寝ていたとか」


 ちょっと待った。爽やか過ぎて憎い笑みの坂本に訊ねる。

 「誰もぼくを起こしてくれなかったのか?」

 坂本はよくぞ訊いてくれたと言いたげな表情で胸をそ反らす。

 「俺が睡眠を妨げるなって止めさせた。俺の意見って大体通るじゃん? うちの教師って生徒に消極的だしさ。同級生はみんな、俺を信頼してくれてるし。まさか本当に実現するとは思わなかったぜ」

 ……最っっっ低な野郎だ。そこまでしてぼくを苛める必要ないだろ。いじけるぞ。

足先で『の』の字を書いていたら、ぐぅとお腹から腑抜けた音がした。坂本のおかげで給食を食べ損なったのだ。自然と言葉がこぼ零れる。

 「腹減った……」


 「え?」

 しーさんが小首を傾げる。腕を組んで唸り出した。坂本は愕然とした様子でぼくを凝視している。え? ぼくそんなに変な事言ったか?

 しーさんと坂本が互いに耳を寄せてこそこそと囁き合っている。時折ちらっとわざとらしくぼくを見る。


 不安になる。まさか知らない禁忌に触れてしまったか。

 しばらくして二人会議が終了した。性悪眼鏡が珍しく真剣な顔でぼくに向き合う。無意識に唾を飲み込む。覚悟はできている。さあ来い。


 「老神、お前饅頭が喰いたいのか? それとも冗談で言ってるのか?」

 さして真面目な話じゃないことに安堵するとともに、戦慄した。どうしてその単語が出てくる。

 饅  頭  。


 「――なんで、饅頭を、」

 坂本はぼくのうろたえっぷりに頬を掻いて視線を泳がす。

 「それは、だな……」

 しーさんが助け船を出した。

 「寝言で饅頭怖いってうなされてたんだって」

 わお、小粋なジャパニーズジョークだ。トラウマさんマジ勘弁してください。


 肩の力を抜く。昨日の饅頭怪人の件じゃないのか。安心だ。

 「饅頭怪人って何」

 「心を読むな」

 「老神が独り言を言うからだろうが……ん、具合悪いのか?」

 「少し精神にこたえただけだ、大丈夫だ。んじゃ、また明日」


 独り言を垂れ流してた。事態が悪化する前に逃げる。通学鞄を手に、廊下に足を踏み入れる寸前、しーさんに学生服の詰め襟を捉まれる。首が絞まる。

 「うちも知りたい。歩、教えて」「ぐ、こっ断る」「む、どうしてよ」

 ぼくを引っ張る力が強くなる。呼吸がさらに困難になる。しーさんを振り切ろうと足を踏ん張る。無言の攻防。坂本が参戦。喉が臨界まで束縛されて酸欠状態に陥った。酸素プリーズ。


 当然の如く軍配は彼女らに上がった。二対一はずるいだろ。

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