「鶴が機を織ってる」2
気がついちゃったからって何も変わらない。
あたしから山口君にその話題を振る気はないし、山口君は三枝さんに対してアクションを起こさない。
三枝さんはまったく気がついてない。っていうか、気がつく筈がない。
鶴が機を織っている現場がここなのだと気がつくと、連鎖で見えてくるものがある。
機を織るために必要な材料の揃え方とか、織り上げた反物をいかに高価に売ろうとしてるかとか。
すっごいプライドとストイックさ。
他に活用すれば、こんな中規模企業になんていなくて良かったかもね。
他人をコントロールできると考えている傲慢さまで見えてきちゃう。
あたし、今まで彼の何を見てたんだろう。
彼は「自分が他人を観察する程、他人は自分を観察してない」と思ってる。
確かに、細心の注意を払って煙幕は張っているんだろう。
だけど一度繋がったシナプスは、広がることはあっても容易には切れない。
山口君の三枝さんに対するあるかなきかの反応を、あたしは注意深く見守る。
その感覚は、たとえば赤ん坊が寝返りをうつ場面をじっと見ている行為に近いかも知れない。
手を出してはいけないけれど、目がそれを追ってしまう。
彼は赤ん坊のように愛らしくはないけれども。
彼が動き出したら、あたしはどう思うのか。
あっさりと「じゃあね」と言ってしまいそうな気もするし、泣くかも知れない。
ただ彼の素顔がちらっと覗く瞬間を捉えた時に、あたしの感情は少しだけ色をつける。
痛みではなく喜びに近い色合いについては、自分で自分の理解の範囲を超えている。
時々社内メールの短いやりとりで帰り時間の確認をし、電車を一本ずらして帰るだけ。
時々休日に待ち合わせて街をウロウロと散歩して、内容のない会話をするだけ。
それはそれで楽しい時間だし、今すぐにケリをつけたいわけじゃない。
山口君がどう思っているのかは、やはりわからない。