「鶴が機を織ってる」1
設備施工部に派遣の女の子が入ったのは最近だ。
不況の折、中途採用を減らして派遣に移行するって会社の方針には賛成できかねるものがあるけど、あたし他のペーペーがそんなこと言ったって、どうしようもない。
で、この子は三枝麻衣っていうんだけど、テンポが誰かに似てると思ったら沢城だった。
もっとも、沢城みたいに「守ってやりたくなるような外観に鋼鉄の芯」じゃなくて、なんか陸上競技でも現役でやってるんじゃないかって感じの、細い身体に筋肉の乗った色気のないスレンダー。
打ち合わせのスピードなんて速いのなんの、こっちが施工管理台帳見てる間にPCに商品の型式打ち込んでる感じ。
設備業界ははじめてだっていうけど、勘がいいんだな。
パンツに包まれた足は多分すごく綺麗だろうと思うんだけど、女の子オーラをふりまいてない彼女に目を留める男はいない。
いた。
山口肇、その人。
一瞬の表情の変化が何を意味しているのか、はじめは理解できなかった。
彼はすぐに普段の「憧れのお兄さん」に戻ってしまうし、視線すらコントロールできるらしい。
気がついたのは、あたしだけ。
もしかしたら本人も気がついてないのかも知れない。
まだ慣れていない彼女は、メーカー名も知らない部材のカタログを見ながら知識を丸呑みしようとしていて、質問しやすそうな人は誰彼問わずに「これは何に使うものだ」やら「換気と排気は違うのか」やら聞いてくる。
仕事熱心なのは結構なんだけど、女の子の間でそれはやっぱり浮いてしまう。
まんま、沢城。
彼女は面倒がらずに教える山口君と津田君にせっせと質問をぶつけるようになった。
自分の部署で聞けよって話もあるけど、設備施工部は現場仕事メインのオジサンたちで昼間はいないことの方が多いのだ。
津田君は純粋に「女の子に教えてやれる」のが嬉しくて仕方ないらしい。お子様だから。
山口君は普段からの面倒見の良い顔を崩さないのだけれど、ちょっとした違和感。
本当に一瞬だけね。
「今、いいですか?」
そう彼女が声をかけると、戸惑ったような顔になるのだ。
つまり、それに気がつくほどあたしは彼の表情に気をつけてたってことか。
意外なことに、あたしに「嫉妬」は訪れなかった。
そのかわりに湧き上がった感情は。
―――見ちゃった、鶴の機織り。