「あたしの座る場所」4
山口君の机の上から、いろいろなものが移動していく。
入社以来席替えの必要がなかったため、山口君の席はずっとあたしの向かい側だった。
夕方になると、山口君は毎日そこに座っていたのだ。
「野口さん、寂しそうじゃない」
次にその席に移る予定の津田君が言う。
「山口さんみたいに、観賞に耐えなくて悪いけど」
「あ、大丈夫。野口の席は俺の向かいに決まってるから」
山口君のしれっと言った言葉は、あんまりにも普通で聞き逃しそうになった。
「え?野口さんも移動じゃないですよね?」
津田君が焦った顔で聞く。
あたしも脳味噌フル回転。
「席ったって、社内じゃないけどな。食卓とかの話」
言い捨てて、澄ました顔で几帳面にデスクに雑巾をかけてる山口君。
あの、頭がやっと追い付きました。
あたし、ここでどんな顔してたらいいんですか。
遅れて追いついた部内の面々が顔を見合わせた後、大騒ぎになる。
ここで言うか。
デスクの引っ越し作業の最中に。
これは「みんな知ってるのに本人たちだけ知られてないと思ってる」津田君パターンよりも恥ずかしい。
引出しから白い小さなプレートを出して、あたしの顔を見た山口君は、いつもの人が悪い顔で笑った。
「俺、もう使わないからやるわ。次は亜佑美が使うんだし」
名前で呼びましたか、今?
プレートは総員会議なんかで胸につける名札で、「開発営業部 山口」と彫ってある。
ますます大騒ぎになる部内の真ん中に名札を握って固まったままのあたしを残して、山口君は脇机を押しながら移動していった。
知能犯!悪党!あたしの意思確認なんて、まだしてないじゃない!
パニックになりながら、もう一度頭の中で反芻する。
顔が熱い。
あたしの座る場所は、山口君の向かい側。
fin.
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
キャラクター使いまわしてて、ごめんなさい。
できましたら感想などいただけると、とても嬉しいです。
そして、お気に召しましたら―――また、次回作も読んでやってくださいませ。