「あたしの座る場所」3
仕事はじめからすぐに、山口君は引継業務と新規回りにバタバタと忙しくなった。
ひとり抜けるとはいっても人員の補充があるわけではなく、山口君の客先は在籍している人間に割り振られる。
客先によってのクセなんて、何回かの引継で覚えられるわけない。
出番だよ、あたし。
何年もここに座ってるんだから、トラブルの予兆を見るくらいはできるでしょ。
なるほど、山口君はここを計算してるのか。
あたしと山口君の間は、表面的には何も変わらない。
相変わらず向かい側で社内メールだし、電車は一本ずらしだし、呼び方は「野口」のまま。
それでもやっぱり、ちょっとずつ変わっていることを自覚する。
たとえば風邪気味に見えた日に、眠る前にちゃんと手足を暖めたかなと気になる、そんなことだけど。
そして山口君が平日忙しい分、週末に一緒にいることが増えた。
やけに柔らかい口調になって、横にただ座っているのが甘えたい時なのだとやっと理解もした。
・・・わかりにくい。「疲れた」と口に出せ。
二月に入ると、新規「営業推進室」の辞令が改めて発表された。
三枝さんが正社員になることはすでに告知済みだったが、異例の中途採用にもかかわらず反発は薄かった。
山口君の読みはあたっていたのだ。
他人に「努力」が見える。性別を感じさせないから、女から不必要な嫉妬はないし、男社会の業界で男から軽く見られるリスクも小さい。
事務だけをやらせるつもりじゃないってことがわかる。
山口君の真骨頂だな、この人選。ほんっとーにイヤなヤツ。
どれだけ観察して検討したか知ってるのは、あたしだけかも。
新人の萩原君が、次年度の社員教育の資料を揃え始める。
「その資料、津田のデータが残ってれば流用した方がいいよ。津田にチェックしてもらうより確実だから」
山口君の底意地の悪い一言で、津田君以外が大笑いになったけど。
「津田さんが作ったんじゃないんですか?」
膨れた津田君は答えなかった。そろそろ、津田君で遊ぶのを間近で見るのは、おしまい。