「簡単なことじゃないの」5
「この間から、何か話があるんじゃないの?」
「そういうわけじゃないの」
山口くんの覗き込む視線をかろうじて避ける。
あなたの頭の中を見せてくださいなんて、言えるわけじゃない。言ったって仕方ない。
ベッドに並んで腰掛けて、耳元に唇を感じるまでは自分の変化に、さほど注意を払っていなかった。
だって、何も変わっていない。
違うと思ったのは、シャツの内側に手が入ったときのことだ。
「野口、緊張してるの?」
「・・・そうみたい」
馴染んだ腕に何故緊張するのだかわからなくて、混乱する。
「したくない?」
「そうなら、はじめから来ない」
じゃ、こうしてようか。
半分だけ覆いかぶさった状態の山口君の重みを感じながら、軽い深呼吸を繰り返す。
何がこんなに緊張するんだろう。
「やっぱり何かあるんでしょ?」
声に気遣わしさを感じた時、何かが堰き切れた。
これを表す言葉はないのか。
今更な感情だけがあたしの中に渦を巻く。
山口君が片腕を立てて窺うあたしの顔は、何を浮かべているんだろう。
目を閉じることもできなくて、あたしを見る山口君から自分の表情を読み取ろうとする。
「そんな、はじめての男と寝るような顔しなくたって」
笑いを含んだ声に我に返った。
そんな顔をしているのか。
「何があるの?言ってよ」
気になる?あたしの変化が気になる?
それが本当ならば、言っていい。解放しよう。すっごく今更で、どうしようもなく間抜けだけど。
「山口君とレンアイしたい」
立てていた腕が背中にまわり、力が籠ったあとに、耳元で低い笑い声がした。
ほら笑う。そう思った時に、言葉が加えられた。
「偶然だな。俺もそう思ってた」
それから、笑いを含んだ溜息。
「やっぱり野口には見透かされてるような気がする」
そしてあたしたちは、中学生同士みたいなぎこちないキスをして、顔を見合せて笑った。