「簡単なことじゃないの」3
紅葉を見るために鎌倉まで足を運んだ日は、見事な秋晴れの土曜日だった。
一週間程度早かったらしく、まだ燃えるような秋とまではいかなかったけれども、落ち着いた古い町を歩くのは楽しい。
一緒に外に出かけることなんて、そんなにない。
あたしが参加してるフラワーアレンジメントのサークルでも、NFDの講師資格を持ってるあたしは結構な古株で、趣味とは言ってもそれなりに責任があるから、休みを潰すことは多い。
毎日会社で顔をあわせている分、休みの日に埋め合わせなんてこともないし、ひとり暮らしの山口君だって、家の中で寝ているばっかりでもないと思う。
友達は多いみたいだもの。
鶴岡八幡宮の大銀杏が再生してきているのを見て喜ぶやら、長谷寺から海を眺めるやらで、山口君ものんびりしてるらしい。
山口君は花や木の名前なんて全然知らなくて、つまらないかなと心配したのだけれど、杞憂だったかな。
小町通をぶらぶらひやかして歩いている時に、男の人ってこういうものは楽しいのかなとちょっと気になった。
「ねえ、興味ないでしょ。山口君の行きたいところはない?」
「野口が楽しそうだから、いい。その顔だけで一緒に居る甲斐がある」
えええーっ!顔色ひとつ変えずにそういうことを言わないで欲しい。
「・・・マジで言ってる?」
「マジ」
そんなダイレクトな。どうした、山口肇。
そのまま顔があげられなくなる。どうした、野口亜佑美。
「これで照れるのか。ヘンなヤツ」
これでって、今までそんなこと言ったことありましたか。ヘンはあんただ。
帰りの電車はクタクタで、駅からタクシー使おうかな、なんて思っていたら「泊まってけば?」と来た。
「着替えとかないし、明日サークルの用事があるもん」
「下着だけなら、コンビニで売ってるでしょうが。サークルって朝イチからなわけ?」
「ううん。でもやっぱり止めとく」
そう言って見返したときの反応が、気になった。
あの、もしかしたら、がっかりしてる?
「寂しいの?」
山口君には全然そぐわない言葉が口をついて出た。
虚を衝かれたようにあたしを見た山口君は、多分素の表情だ。
「いや、無理だったらいい。気をつけて帰れよ」
電車の窓から手を振って、空いている座席に腰を降ろした時に、すこしせつなくなった。
無駄な時間ばかりを過ごしていたのだ。