「そういう関係」2
彼はあたしを「野口」と呼ぶ。
会社でもベッドの中でも同じく「野口」だ。
はじめの頃は名前で呼んで欲しくて、とても不満だった。
今では「ああ、こうやってボロを出さないようにするわけね」と納得するのみだけど。
頭がお留守になっている時に、うっかりプライベートの名で呼んでしまったら、そこでバレちゃう。
バレるのは構わないんだけど、別れた時の詮索がうるさい。
ましてお互い結構イイ歳になっちゃってる今、結婚はまだかとか言われそうな気がする。
部長なんて「両方とも相手が見つからないんなら、そこで手を打っとけ」とか言うし。
・・・手を打ったワケじゃないけど、相手は今直接顔を見較べた張本人です、部長。
そんな時山口君は、あたしの肩に手をまわして顔色ひとつ変えずに言う。
「部長のオススメもあるし、野口と結婚しちゃおうかな」
大抵は酒の席の話で、あたしも山口君に寄りかかって「そうしちゃおうか」なんて言う。
アホクサ。
あたしは自宅通いだけど、彼の小さいマンションに住みつきたいと思ったことはない。
もっと若い頃は、掃除してみたり料理してみたりすることはあった・・・気がする。忘れた。
慣れた仕事に大失敗なんてないし、たとえば実家を追い出されても、食い詰めるほど所得は低くない。
一緒に遊ぶ友達もいるし、趣味のフラワーアレンジメントのサークルの行事もあって、プライベートも悪くない。
そして、気楽につきあうには充分な男がいる。
ぬるま湯状態が長いこと続いていて、自分のブラッシュアップにはならなくても、えいやっとそこから抜ける気にはならない。
山口君とは、このまま微妙に続いて行く気もするし、明日は別れちゃうかも知れない。
怖ろしいことに「山口君と別れた後」を想像しても、現在の生活は変わらない。
一週間に一度くらいの割で訪れている彼の部屋に行かなくなるだけ。
そして、その想像に痛みを伴わないほど、あたしは生活に麻痺しているのだ。
山口君がどう思ってるのかは、知らない。
彼があたしに向ける顔は「さわやかで人当たりのいい好青年」でしかないから。
生の感情に触れたことのない違和感に焦りを感じるほど、強い感情は通り過ぎた。
今の距離でいい。