「気に入ってるから」4
少し朝寝坊して、昼からまた現場に行くという山口君と一緒に家を出ることにする。
「疲れるね」
「仕方ない、俺の仕事だし。他の部署に無理言ってるんだから、俺だけ休暇ってわけに行かないでしょ」
作業ジャンパーの下にネクタイ。
洗面所でお化粧してたら、山口君が横に立って「口紅つける前に」なんてキスしていく。
こういうタイミングはかるの、上手いんだよな。
「忙しいんなら、無理に時間とらなくてもいいよ」
そう言うと、山口君は曖昧に笑った。
「話したいことがあるのかと思って」
「そういうわけじゃないんだけど」
本当は、津田君に見せた顔をあたしも見たかっただけ。
でも、いいや。満足しちゃった。
昨夜ってやっぱり、甘えてたんだよね。
乗換駅で手を振って、ぶらぶらとウィンドウショッピングしながら、街を歩く。
気がつくとあたしは上機嫌で、なんだか優しい気分になっていたりする。
ああそうか、と自分で気がつく。
あたしは山口君に恋をしたいのだな。
成り行きのそのままじゃなくて、彼がどんな人だか理解して好きになりたい。
好きだ嫌いだって言うより先に「そういう関係」になってしまって、気は合うし居心地も悪くなくて
お互いの都合が合う時だけ、よそ行きの顔して一緒にいるのは楽だ。
生の感情は重たいもの、相手が持っていることに気がつかない筈はなかったのに、それをやりとりするのを億劫がって、見えにくいものを「無いもの」としていたんだ。
山口君が見せたくないのなら、見えない振りして感じ取れば良いのに。
自分がどうなっていくのか見極めるのなら、それくらいの芸当をしないといけない。
なんせ敵は「あの」山口肇なんだから。
笑いながらこっちの感情だけ引っ掻きまわして煙に巻く、くらいのことはしかねない。(津田君と同等はイヤだ)
あたしがあたしをどうしたいんだか、見てやる。