「気に入ってるから」3
食事しながら世間話をして、今の物件が片付いたら鎌倉まで紅葉を見に行こうかなんて言ってる。
お鍋をキッチンにもどして、軽く洗い物を済ませてから日本酒に切り替える。
帰らなくていいと思うと、よく飲むなあ。
山口君、眠そう。
「もう寝ようか?あたしも布団敷く」
「一緒に床で寝る。ベッドから布団降ろすから」
ちょっと待って!狭い!六畳足らずのスペースにベッドとチェストと本棚が詰め込まれてるのに。
大体、一緒に寝るって何?そんなこと、したことないじゃない。
ちょっと酔っている頭が混乱して、やけに慌ててしまった。
「あ、慌ててる」
ニヤっと笑った山口君はいつもの人が悪い顔で、からかわれたんだと思ったのに。
無理矢理布団を二枚並べて敷いて、これじゃ別々にする意味ないじゃないってスペースになる。
秋っていってもまだ肩が冷える時期じゃないし、隣に誰かが密着してるのって慣れない。
「女の体温っていいな」
そう言う山口君の声は半分寝ている。
甘える時までわかりにくい人だ。
疲れただの逃げたいだのって言わない。
言ってもいいのに。
明け方に、「くうっ!」という声で目が醒めた。
「なに?」
慌てて起きる。
「足、攣った」
一生懸命足の筋を伸ばしているのを、ただ見てるしかないんだけど。
はじめて見る必死の表情がこれって、あんまりじゃない。
「おさまった。起こしてごめん。さ、寝よ寝よ」
肩に手がまわって、同じ布団の中に引き入れられると、抱き枕状態のあたし。
「肩、冷えちゃったな」
ああもう!慣れないったらない。
でも、あったかくて気持ちいい。
今なら正直に答えてくれそうな気がする。
「ねえ、あたしたちってどうして続いてるの?」
瞬間、腕に少し力が入った。
眠りに落ちるところだったのかも知れない。
返事は簡単で、今ひとつ要領を得ないけど。
「気に入ってるから」
それが状態を指すのか、あたし自身を指すのかは判断できない。
しばらく考えている間に、頭上から健やかな寝息が聞こえてきた。