「口惜しい」3
四時過ぎに帰社した山口君からの返事は「夕方から現場」だった。
動揺した顔を見せなくて済んだと安心したの半分、口惜しい顔を見せたかったの半分で、あたしは黙って仕事を片付けていた。
「ちょっと野口と打ち合わせに籠ります。会議室に入りますから」
ノートPCとファイルを抱えた山口君に促されて、会議室に入ったら悪戯っぽい顔。
「鍵、かけちゃおっか」
「・・・ヘンなことしたら、声出すわよ」
「出すじゃなくて、出ちゃうの間違いじゃない?」
現場打ち合わせの会話じゃないことは、確かだ。
鍵なんかかけないけど、会議テーブルに広げたファイルとパワーポイントの画面を映したPCは誰かが来た時の保険。
隣に座った山口君の顔が近い。
「何か話したいことがあった?」
こう聞かれたら、言えない。
「何もない。大変なんでしょ、現場。あたしよりもそっちに頭向けてていい。フォローはするから」
「そんな面白くなさそうな顔で言われてもね」
「山口君みたいにポーカーフェイスじゃないもん」
「ってことは、面白くないんじゃない」
こんなヤツに、あたしの表情を読まれるのは口惜しい。口惜しいけど嬉しい。
「土曜の夕方近くなら、時間が空く。その時なら話も聞けるから。泊まりで来る?」
「行かない」
「来てよ」
ここでキスは、狡いでしょう。すっごく誤魔化されてる気がする。
でも、そうか。
「なんだかおかしい」と気にしてご機嫌伺いする程度には、あたしの動向を気にしてるんだ。
少なくとも「どうでもいい人」にそんな気は使わないな。
「面倒見の良い先輩」の顔を、あたしに適用しているだけなのかも知れないけど、そこまで考えたらキリがない。
読みにくい彼を読む手掛かりは、案外とそんなところからなのかも。