「口惜しい」2
ああ、何がこんなに口惜しいんだろう。
知ってる。
何が口惜しいんだか、自分で理解してるんだ。
山口君の「生の感情」を見たことがある人がいる。
あたしが知らないものを、知っている人がいる。
「珍しいね、山口君が荒れるのなんて」
「うん、俺、はじめて見た。酒飲んで、カウンターにこう、がばーっと突っ伏してさ、やってらんねーよ、なんて」
抱えている案件にひどいトラブルがあるのは知ってた。
某大企業のショールームで、機械自体がすべて特注品の上、その仕様が搬入後に変更になって、現地で改造したりしている。
社外にも社内の工事部門や技術部門にもペコペコ頭下げて、それでも各部署からのクレームは担当者に集中する。
発注元の都合であるにもかかわらず、変更による経費はすべてこちら持ちで、物件としては大赤字。
涼しい顔して出社してるから、自分の中で消化できてるように見えてた。
「俺のせいでもないし、しょーがねーよなー」なんて言ってたし。
「愚痴くらい、言えばいいのに」
思わず口からこぼれてしまった。
あたしの顔には直接墨書きで「不満」と書かれていたかも知れない。
能天気なお子様が、怯えた顔であたしの顔を見返すくらいには。
「野口さんには、心配させたくないんじゃない?他の部署との折衝で負担かけてるし」
「それがあたしの仕事じゃない。あたしが言ってるのはそんな意味じゃなくて」
・・・どういう意味?自分に突っ込んで、ストップをかける。
「女の人に弱ってるところなんて見せたくないでしょ。山口さんはああいう人だし」
ああ、津田君にまでフォローさせてしまった。
しかも、あたしの事情なんて知らないんだから、突然不機嫌なあたしに驚いたに違いない。
鼓動がおさまらないまま、外出中の山口君のデスクのPCにメールを入れる。
「今日、行く」
「行っていい?」じゃなくて、「行く」と言い切りの形に彼が驚けばいい。