「口惜しい」1
「山口さんってカノジョいないのかな。もてそうなのに結婚しないのって、女の好みがうるさいのかしら」
ランチの時の女の子同士の話題の中のひとつ。
「野口さん、そういう話ないんですか」
女の好みはうるさくないと思うよ。多分二十代で一番長くつきあってたの、あたしだから。
隙間はところどころあるけど、トータルすると何年になるかなあ。
・・・なんて、言わないけど。
なんせ見栄えは良いし人当たりも良い、仕事もできるとくれば、女の子だけじゃなくて男の子も懐いちゃう。
本人の「外用の顔」はそのままキャラクター設定になってて、それを常に要求されるんだろうな。
「他人にできることが俺にできない筈はない」ってプライドとか、求められる以上のものを先読みするために古い情報も新しい情報も常に整理して手元においてる勤勉さとか、そこは表からじゃ見えないし。
他人に厳しいことは言わないけど、自分が何をしているのかも見せないってイカガワシイ気もする。
生まれ持った外見と性格で、社会を軽々と渡っているように見せたい・・・ように見える。
「頼りになる先輩」は水面下で一生懸命足を動かしてるんだよ。
何年も一緒に仕事してるんだから、これくらいはなんとなくわかる。
本格的に気がついたのがつい最近って、本当に何にも見てなかったんだなあ。
一緒にいて楽しく過ごすだけの興味しかなかった。
きっと感情も同じように、自分でニュートラルに入れることを強制してるんだろう。
人間関係を円滑にするために、それは必要なことなのかもしれないけど
刃なのか甘い菓子なのか、隠し持っているものを見せる相手が欲しくならないんだろうか。
気がつくと、山口君は三枝さんにずいぶん普通に接するようになってきている。
前回、うまく話をすりかえられた気はするけど、やっぱりちょっと違うね。
女としての彼女に近づきたいのかどうかは判断できないけど、仕事相手としてはかなり買ってるな。
なんていうか、噛み応えのあるものの食感を楽しんでる感じ。
それについてはなんとも言えないんだけど。
あたしが気になったのは三枝さんじゃなかった。
「山口さんの今抱えてる案件、揉めてるからな。昨日なんかずいぶん荒れてたし」
津田君のその言葉だった。
荒れる―――津田君にはそれを見せたわけ?あたしはそんな山口君、知らない。
女の影をちらつかされて別れたときですら、抱かなかった感情を抱いた。
ひどい嫉妬だった。