「そういう関係」 1
「フツーの恋ってヤツ」のサブキャラクターたちが主役になります。
5年後の社内をご覧いただければ、幸い。
「はい、エア・トラッド・ジャパンの野口でございます」
―あ、おたくの部長ね、なんて言ったっけ?
「部長は何人かおりますけれど、どのようなご用件でしょうか?承りますが」
―じゃ、いいや。
がちゃん。
また、モノ売りか。
バカ正直に部長の名前を答えて後で説教されることなんか、何年も前に卒業した。
津田君と沢城はド派手な純愛騒ぎの末(本人たちはそう思ってないし、ヘタしたら誰も知らないと思ってる)に、何事もなかったかのように結婚して、気がついたら子供までいた。
ウエディングドレスを七五三と評されて膨れた沢城が、ママだっていうのは俄かには信じ難い。
津田君のPCの壁紙はデカデカと子供の写真で、聞いてもいないのに寝返りうったのつかまり立ちしたのって言う。
相変わらず、子供みたいなヤツだ。
顔そのものが報告書だから、その日の実績は日報を見るよりも本人を見た方が早い。
沢城、楽だろうなあ。
「野口、分岐管と吹出口、チェックしといて」
開発営業部の島の向かい側から声がかかると同時に社内メールが送られてきた。
図面が添付されてるだけかと思ったら、ひとこと。
―来る?
いや、いいんだけどね。
改めて誘ってもらおうとは思ってないし。
目をあげたら、知らんぷりしてマウス動かしてる綺麗な顔。
新入社員たちの「憧れのお兄さん」は健在。
でも、あたしたちのことは誰も知らない。
あんなにくっついて歩いてる津田君でさえ。
はじめて「そういう関係」になったのは、ずいぶん古い。
入社2年目だったと思う。
見栄えが良くて仕事ができる彼にあたしはすぐに有頂天になったけど、気がつくのも早かった。
彼は本心を見せない。
さわやかで後輩の面倒見良く、ノリも良く、上司の覚えも目出度いけれど、自分を見せたがらない人。
そんなの、こっちだけ気を許したりできない。
そんなこんなで何年も別れたりくっついたりを繰り返して、あたしも三十路に入るとこ。
楽しく付き合う相手としては、申し分ない。
ベッドの中のことも上手だし、話題も豊富。
山口肇っていうのは、あたし、つまり野口亜佑美にとってそんな存在なのだ。