隠れ家レストラン まんまと戦場に行かされた件スピンアウト 散文詩
隠れ家レストラン 奥山紅葉から説明を受ける八十島海人 まんまと戦場に行かされた件抜粋
ドラマを詩のように書いて能の幽玄ぽい世界を作りました。散文詩として発表します。
隠れ家レストランで奥山紅葉の説明を受ける八十島海人です。「隠れ家レストランの奥山紅葉 まんまと戦場に行かされた件」とセットになっていますので、合わせてお読みください。
これで、興味が出たら本編もお楽しみください。
夕映えに紅葉さんの横顔が染まっている。
僕はその顔をじっと見ている、目が離せないのだ。
僕は声が出なかった、どう苦情を言えばいいんや、どうしたら元の世界に戻してもらえるんや、歪んでいるのは「ジクー」でも「ジクウー」でもなくて、漢字で書くと「時」「空」。その「時空」が歪んでるらしい。
湯もYouも関係ないんや。
「昭和十七年」やって。
いったい何年前なんや。
西暦何年?
嘘だろう。あり得ない。
「神戸」「須磨」
一瞬でライラ・マーから飛んだんか?
目の前の女は魔女やろか?
タイムマシーンに乗った記憶はないぞ。
いやいやいやいや、嘘だろ、嘘に決まっているやろ。
騙されてるんか、狸か狐に誑かされてるんや、そのどっちかや、そうじゃなきゃ夢を見てるに違いあれへん。
「僕、帰れんの」
と思わず募った不安が口から出よった。
僕、異次元空間に入ってもうたで。
どないしょう。
恐ろしいと思ったとたん視野が狭まってると気が付いた。周りが墨で塗ったように真っ黒なってしもうたんや。
真っ暗になった視野にスリットが入って、そこだけ見てる感じや。闇から生まれた光の花ように眩しく輝いていた奥山紅葉が、遠くで妖しく青白い光を出して僕を見ているのが見える。
スレンダー美女に化けた魔女や。
待ってや、魔女でのうて狐か?綺麗な女狐やな。
このハンサムで逞しい僕が、いくら綺麗な見かけしとるといっても狐なんかに誑かされ、弱音を吐いてたまるか。
いったい全体、どんな冗談や、勘弁してくれや。
「SFか、それともファンタジーか」
と我知らず自分に突っ込みを入れる。
女狐め、なぜや、今さっき、微笑んだぞ。なぜ笑うんや?
「もちろんです。帰れますよ。わたくしのいう事をよく聞いてそれに従って頂けさえすれば」
それは遠くから聞こえた声のように感じたんやが、すぐ目の前の女狐が微笑んどる。
氷の微笑や。その頬もその血も凍るほど冷たいに違いあれへん。
せやけど綺麗やな、女狐やけど。
ちょっと待て、待ってや。
なぜここで微笑むんや?
彼女の眼差しに優しさが戻って来よった。
いやいやいやいや、これは脅しや。
冷血で計算づくの脅迫やで。
「ひょっとして脅しとるの」
不安で息苦しくなり吐き気を催してきた。
女狐は「脅し」の一言で笑みを消し、一旦真顔に戻る。
スリットの奥の奥に女狐が引っ込んだ、そう思うた。
スリットの奥の女狐がすーと息を吸う。
次の一瞬、顔全体に笑顔をはじけさせた。
「まさか、脅してなんかいませんよ。お帰りになるには、あわてずに、ちょっとした注意が必要なだけでございますから。 要は出口をお間違えにならければ、いつでも、誰の許可も、命令も得ずに、お帰りになれますから」
僕を落ち着かせ、安心させるためやろう、一つ一つ区切りをつけて彼女は言うた。
僕は彼女の言葉を、心の中で、どこか遠くに持ち去られてしもうて自分のものと思われへんくなった心の中で「脅してない」「慌てずに」「注意が必要」と呟く。
殊更に悲観的観測を招こうと働く想像力やなしに、事実だけを選んで見聞きしようとする理性を信頼して、聞いたことだけを、二度、三度と。
聞いたこと
「脅してない」「慌てずに」「注意が必要」と強く自分に言い聞かせた。
少しづつ自分の心を取戻す。
見たものも
このメイドは可愛い、というか美しい。
闇に咲く光の姫君や
美しいものは正直や。そして優しい。
僕を脅してなんかいない。
そう心底願って反芻する。心の中で。鰯の頭も信心からや、美人は鰯の頭より信仰するに足るはずや。
そして口に出す。口に出して差し支えない心の中の一部分だけを選んで。
「出口を?」
なぜなんや
「間違えなければ?」
何や知らん。けどうまく単語を繋げないんようや
「許可なしで?」
すると目の前の彼女が女狐でもなく魔女でもなくなったんや。
スリットの奥の方、遠くの方に見えとった紅葉がいつのまにか近くに来とる。
気付くと闇に咲く、いや闇を一閃する光の姫君、紅葉さんがカウンターの向こうに戻って来とって、身を乗り出すようにして僕の目を覗き込んでいる。
「そうです。出口を間違えてはいけませんよ。帰り道はとっても狭くて見つけにくい出口で両手で広げるようにして全身を入れなくてはいけませんし、隣にはこちらにいらしたときに使った入口専用の裂け目があって紛らわしいですから、いきなり逃げ出したりなさらないで、わたしの説明を聞いてから、一緒に元の世界に戻りましょうね。大丈夫です。間違いなく戻れますからね」
「一度帰っていい?」
「もちろん。でも八十島様はオーナーにお会いしたい用事があるんですよね」
「うー、うー」
そうや、そうやと僕は頷いて答えた。
でも意味不明の唸り声になってしまったようや。
いやちょっと待て、もう一度。
「んっ、んんうん、またこんど・・今日でなくて・も・・」
その『こんど』の声はのどにつかえて上手く出なかったかもしれんが、紅葉さんには聞こえたはずや。
なのに無視かいな。
せやけど時計を見た紅葉さんには、妖しゅうて可愛いらしいメイドに相応しい優しさが戻っとった。
「もうじきですよ、もう八時になりますので、あと少しで、待ち人がお見えになりますよ」
と美女はにこりと、これで十何度目かになろうかという微笑みを浮かべて、続けた。
恐ろしゅうて美しい女や。
僕、自分にマゾの気があるかも知れないと生まれて初めて疑うた。




