順番がおかしくないですか!?〜幼馴染が呪われていたなんて聞いてません!〜
近頃、幼馴染の様子がおかしい。『同じところへ行くのだから、ついでに』という名目で毎朝同じ馬車で通学していたのに、それも『忙しいから先に行く』と断られてしまった。
思い当たることと言えばひとつだけ……先日の通学中、いつもの雑談の延長で聞いたつもりだったの。
「私達も今年で学園を卒業だけど、この先アルバートはどうするの?」
「それはっ、もちろん、ぐっ、うぬぬ」
「えっ、なに?」
「うぅ、レオナ、ぐぅ」
「どうしたの? 大丈夫?」
「……なんでもない」
卒業後のことを聞こうとしただけなのに、突然口ごもりぼやかされてしまったのだ。
彼はボイル伯爵家の嫡男だから、おそらくお父様の跡を継ぐために、一緒に仕事をするのだろうと思っていた。そして落ち着いた頃に結婚も――
アルバートは嫡男にもかかわらず、婚約者はまだ決まっていない。
昔ボイル伯爵夫妻であるおじ様やおば様に『レオナちゃんがうちにお嫁に来てくれたらいいのにな』と冗談めかして言われたことはある。だけどそれだけ。肝心のアルバートから求婚されたこともなければ、伯爵家から我が家へ婚約の申し込みがあったこともない。
うちはボイル伯爵家とは同じ街道沿いに領地がある、クランリー伯爵家だ。父親同士も昔から仲がいいとあって、私とアルバートは子供の頃から遊ぶ機会が多かった。夏にはお互いの領地に泊まりがけで遊びに行ったりもした。
大きくなってからも王都の学園へは一緒に通うなど、まるで兄妹のようにいつも一緒で……ん? 兄妹?
あぁ、そうだわ。私、なぜか漠然とこのままずっと一緒にいるんだろうなと思っていたけれど、アルバートから一度も『好きだ』とか『結婚したい』なんて言われたことがないという事実に気付いてしまった。
私はもちろん、アルバートが好きよ。それが友愛なのか恋愛なのかは、まだよくわからないけれど……一緒にいるのがあまりにも自然で、アルバートが他の誰かと結婚する未来など考えてもみなかったのだ。
アルバートにとっての私って何なのかしら……そんなことを思い浮かべながらふと教室の窓から外を眺めると、ちょうどそのアルバートが中庭を横切るところが見えた。赤い髪をひとつに結んで肩に垂らしている彼は、その容姿からよく目立つ。
子供の頃から護衛騎士相手に剣を振り回して遊んでいたからか、いつの間にか背も高く伸びて身体つきもしっかりしていた。顔も……格好いい方だと思う。
今日は彼の隣に女子生徒がいた。あれは誰だろう? と思い、前の席に座っているクラスメイトに問いかけた。
「ねえ、あそこでアルバートと一緒にいる人は誰かしら?」
「あぁ、ジュディ・ウェイブ男爵令嬢ね」
「ジュディ・ウェイブ……」
「そう、彼女有名人よ。卒業を前にしてターゲットを絞ってきたんじゃないかしら。あなたも気を付けなさいよ。婚約者が狙われてるかもしれないわよ」
「婚約者じゃ……ないわ」
「そうなの? あなた達いつも一緒だからてっきり……」
「私は、ただの幼馴染だもの」
自分で言った言葉に、ズキっと胸が痛んだ。客観的に見ても婚約者だと思われるくらい一緒にいたのに、ただの幼馴染にすぎなかったなんて。
外に目をやると、楽しそうに顔をのぞき込むジュディ嬢に、アルバートは微笑んで何か返事をしている。アルバートも本当は、ジュディ・ウェイブ男爵令嬢のような可愛らしい令嬢が好きなのかしら。こんな、兄妹みたいな関係の私ではなく。
おじ様やおば様の言葉を真に受けちゃってたことが、今更ながら本当に恥ずかしい! あの時はなんて返事をしたんだっけ? 『おじ様とおば様の娘になれたら嬉しい!』だったかな。まだ十二歳くらいの子どもだったから、結婚など現実的ではなかったし。
あの時、アルバートはどんな顔をしていたかしら――
◇◇◇◇
「あのぉ〜、クランリー伯爵令嬢ですか?」
「ええ、レオナ・クランリーですが」
「はじめまして〜私はジュディ・ウェイブって言います」
昼休みに木陰のベンチで本を読んでいると、ふいに名前を呼ばれ顔を上げる。そこには昨日アルバートと仲良さそうに肩を並べていた、ジュディ・ウェイブ男爵令嬢が立っていた。
なるほど、クラスメイトが気を付けなさいと言ったのも理解できる。美しいラベンダー色の髪を赤いリボンでハーフアップにし、ふわりと背中に流していた。髪より少し濃い紫色の瞳は潤んでいて、じっと見ていると吸い込まれてしまいそう。
在学中に条件のよい婚約者を捕まえようと、爵位の高い子息やお金持ちの子息に粉をかけているとクラスメイトが教えてくれた。そのせいで、いくつか壊れてしまったカップルもいたとか……たしかに、これはなびいてしまうかもしれない可愛さだった。
そのジュディ嬢が、なぜこんなところで声をかけてきたのかしら。クラスも違うし、今まで顔を合わせたこともなかったのに。
「なにかご用かしら?」
「あの、あの、クランリー様にお聞きしたいことがあって!」
「ええ、どうぞ」
「クランリー様は、アルとはどういうご関係なんですか?」
「ア、アル?」
「はいっ! アルバート・ボイル様です」
私も呼んだことがない愛称を口にしたジュディ嬢は、両手を胸の前で組んでまるで祈るようなしぐさを見せた。
「幼馴染、ですけど」
「じゃあ、婚約者ではないんですね!?」
「えぇ……」
「よかったぁ!」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「私、アルのことが好きなの。好きな人の周りに、他の女がチョロチョロしていたら嫌でしょう?」
「チョロチョロって……」
「アルもクランリー様との関係に悩んでいるみたいだし、いい加減に幼馴染離れした方がよくないですか?」
「アルバートがそんなことを?」
「ええ。どうやってレオナに伝えていいかわからないってブツブツこぼしていたから、私も彼がかわいそうになっちゃって」
ジュディ嬢は肩をすくめてそう言い放った。私、そんなに疎まれていたの? 全く気付かなかった。急に通学を断られたのは、私と離れたかったから?
「そう、ですか」
「わかってもらえてよかったです。早く彼を解放してあげてくださいね!」
ジュディ嬢はそう言うと、踵を返し軽い足取りで立ち去っていった。私の心は重く沈み、そこからどうやって教室に戻れたのかわならないほどだった。
◇◇◇◇
それからは、アルバートを誘うことを止めた。通学も、休日のお茶会も。学園内でも顔を合わせないよう、彼の赤い髪が遠くに見えたら逃げるように別の道を通って避けた。
――なのに。
「レオナ」
いつもの木陰のベンチで本を読むことに集中していたから、人の気配に気付くのが遅れてしまった。そこには、ずっと会いたくて、でも会ってはならなかった赤髪の人が立っている。
「ア、アルバート」
「なあレオナ、最近俺を避けてない?」
「そんなこと……避けてるのはあなたでしょう?」
「そ、そんなことは」
アルバートは気不味そうに目を逸らした。やっぱり自覚があるんじゃない。
「別にもう、無理に合わせてくれなくてもいいわよ。私もそろそろ幼馴染離れしなくちゃいけないし」
「幼馴染離れ!? どういう意味だ!」
「そのままよ。私と離れたがっているのに気付かなくてごめんね」
「はぁ!?」
「アル〜〜!」
アルバートが大きな声を上げると同時に、彼の名を呼ぶ可愛らしい声が近付いてくる。ラベンダー色の彼女はアルバートに駆け寄ると、彼の腕にその華奢な指を絡ませた。
「一緒にお昼に行こうと思って、探したんだよ〜」
「なっ、ちょっ、止めてくれ」
「もう、照れなくてもいいのにぃ〜」
私はなにを見せられてるんだろう……ついこの間まで私の場所だったアルバートの隣には、別の女の子がいる。勘違いしていた幼馴染を手っ取り早く諦めさせるには、最適な手段かもしれないわね。私の目にはジワリと涙の膜が張り、視界が滲んだ。
「お邪魔みたいだから、もう行くわ」
こんなところで涙なんか見せたくない。私は最後のプライドを振り絞って立ち上がった。
「えっ!? レオナ?」
「うふふ。クランリー様、気を遣わせてごめんなさ〜い」
ふたりのイチャつくところなんか見たくない。立ち去ろうとして歩き出した途端、大きな手で腕を掴まれる。
「待ってくれレオナ!」
「なぜ止めるの?」
お願いだから止めないで! 涙が今にも溢れてしまいそうなのに!
「話があるんだ!」
「私はないわ」
「ほら〜クランリー様もそう言ってるし、アル行きましょ!」
「君は黙っててくれ!」
アルバートはジュディ嬢の手を振り払うと、私の肩を掴み自分の方へ向かせた。ダメ、こっちを見ないで。
「レオナ、泣いてるのか?」
「泣いてないわ!」
アルバートはそっと人差し指で私の頬を拭う。こんなみっともないところを見られたくなかったのに。何事もなかったかのように、そっと幼馴染離れするつもりだったのに。これじゃあまるで、アルバートが好きみたいに見えちゃうじゃない。
なんとか誤魔化そうとしていると、ジュディ嬢が私達の間に割って入ってくる。少し拗ねたような顔もかわいらしい。
「ひどぉい! 恋人の手を振りほどくなんて!」
「はあ? いつから俺が君の恋人になったというんだ!」
「クランリー様とは婚約者でもなんでもないんでしょ? 私が付き合ってって言ったら『いいよ』って言ってくれたもん!」
「誤解だ! 資料室まで荷物運びを付き合うよって意味だ! クラスメイトとして手伝っただけだろう」
「でも、『クランリー様のこと好きなの?』って聞いても、言葉に詰まって言わなかったわ!」
また、私の傷口がジワジワと開いていく。そんなこと、人から言われなくてもわかってる。アルバートは、私に幼馴染以上の感情は持っていないって。
「わかってるから、もういいわ」
「レオナ?」
「私達はただの幼馴染よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「あぁもう! そうじゃないんだ! まさかあの呪いでこんなに苦労するなんて!」
アルバートはガシガシと頭をかきむしって、何か叫んだ。今、呪いって言った?
「レオナ、後からどれだけ怒っても殴っても構わない。ごめん!」
「えっ?」
アルバートは突然私を抱き寄せると、顔を傾ける。だんだんと近付く顔がスローモーションに見えたが、実際は一瞬のことだったと思う。唇に何かが触れた瞬間、パチッと火花が弾けるような不思議な感覚を覚えた。
「ちょっ、アル! なにしてるの!?」
「俺が好きなのは昔からレオナだけだ! それと勝手に愛称で呼ぶのもやめろ。許可した覚えはない」
「なっ、なによ、もういいもん!」
反論の言葉が出ないといった様子のジュディ嬢は、捨て台詞を吐いて走り去って行く。
私はと言えば、突然の出来事に固まったまま成り行きを見守るしかなかった。
「レオナ、大丈夫か?」
「えっ、ええ。さっきのはなに?」
「キスだが?」
ああ、なんとなくそうかなとは思ったけれど、やっぱり頭が追いつかない。
「なぜ突然キ、キスなんかしたの?」
「俺にかかった呪いを解くためだ」
「呪い?」
アルバートは私の手を引きベンチに座らせると、先ほどの質問の答えを話し始めた。
◇◇◇◇
――俺がまだ十歳だった頃。
俺は勉強よりも外で走り回る方が好きで、領地でも家庭教師や母の目をすり抜けては外遊びに勤しんでいた。
領主館に隣接する森の中では、幌馬車ほどの高さがある大きな岩を『精霊が宿る場所』として柵で囲い神聖視していた。
両親や祖父母からも『あの岩には近付いてはいけない。精霊を怒らせると大変なことになる』と言われていたんだ。だが俺は、そんなものは単なる古い言い伝えだと本気にしていなかった。
ある日のこと、いたずら心が芽生えた俺はあの岩に登ってみようと思ったんだ。あの上に立ってみたら、さぞ気持ちがいいだろうなって。柵をくぐり岩に手をかけ、なんとか上まで登りきった。
岩の上に立ち、両腕を上げ伸びをしたところで澄んだ声が聞こえてきた。
『おやおや、ここがどこか知らないのかい?』
「誰!?」
『威勢がいい子だねぇ。ふむ、領主の子か』
「なんで知ってるんだ! どこにいる?」
俺がキョロキョロとしていると、白い衣を身に纏った美しい女が目の前に現れた。一目で人間ではないと気付いたけれど、足が固まって動けない。
『私はここの森をずっと見守っている者だよ。人々は精霊と呼ぶ』
「精霊……本当にいたのか」
『お前の父や祖父にも会ったことがあるが、あの子らは聡く言いつけを守って遠巻きに見るだけだった……お前は随分とやんちゃそうだ』
「だ、だからどうしたんだよ……」
『ここに近付いてはいけないと言われなかったのかい? 私を怒らせると大変なことになると』
「……言われた」
『それでも岩に登ってきたと。ふむ、お仕置きが必要だね』
「おしおき?」
『大人の言うことを素直に聞かないと大変なことになる。それをわからせてあげよう』
精霊はそう言うと、俺に手を向けてなにか光の粒のようなものを降らせた。腕や服がキラキラとしてきれいだなと、呑気に眺めていたんだ。
『あぁ、体に害はないよ。ただ、好きな子のことを好きだと言えなくなる魔法をかけた』
「好きだって言えなくなったら何か困るの?」
『さあね。その魔法を解くには相手にキスをするしかない』
「キス?」
『お前にできるかな? 言葉もなしに気持ちを伝えることが』
「そんなの簡単だよ!」
『ふふっ、そうかい。もう少し大きくなったらわかるときが来るさ』
そう言うと精霊はスッと姿を消した。
俺はこのキラキラした体を家族に見せようと、急いで領主館へと戻った。
「アルバート! その体はどうした!」
館で最初に出会った父は、俺の頭を手で払ったり服を叩いたりして焦った様子だった。
「父上! アルバートを見てくれ!」
「どうした、そんなに大きな声を出し……これはっ!」
のんびり出てきた祖父も、俺のキラキラ輝く体を見て目を見張った。
「なんということだ! もしかしてお前、あの岩に近付いたのか!?」
「うん! 上まで登った」
「あぁ、これは精霊の魔法……いや、おそらく呪いだ。この子に精霊の呪いがかけられている」
騒ぎを聞きつけ次々と集まってきた母や祖母、使用人達も手を口に当て息を飲んだ。
だけど俺はまだ、そんなに大したことはないと思っていたんだ。体はなんともなかったのだから。
「アルバート、精霊はなんと言っていた?」
「お仕置きだって。だけど、好きな子に好きだって言えなくなっただけだよ?」
その言葉を聞いた家族や使用人達は、なんとも微妙な表情をしていた。たしかに、体にはなんの影響もない。だが、はたしてよかったと言えるのかどうか……
父は俺の肩に手を置き、じっと目を見て話し始めた。
「アルバート、よく聞きなさい。お前はこれから大人になって、妻を迎えることになるだろう」
「うん、僕レオナがいいな」
「私もそう思うよ。だが、夫婦には信頼関係も必要だ。言葉もなしにお前の愛を信じてもらうのは、それはそれは大変な努力がいるだろう」
「あっ、精霊がキスをすれば魔法は解けるって言ってた」
その言葉を聞いた家族と使用人達は顔を見合わせ、またも微妙な表情になった。
「アルバート、キスというのは互いの気持ちを確かめ合った後にするものだ」
「へえ、そうなんだ?」
「本当にわかってるのか? 気持ちを確かめ合うには言葉がいる。言葉を発するにはキスがいる」
「うん、うん?」
「詰んだな」
父はため息をついて首を横に振った。祖父も呆れたような顔でそれに続いた。
「とにかく、精霊も考えがあってされたことだ。私達にできることはない」
「そうだな父上。アルバート、お前はレオナに好意を抱いているようだが、自分でなんとかしなければならない。それがお前が禁を破ったことによる精霊の呪いなのだから。うちからレオナに婚約の申し込みなどはしないよ」
「えっ……」
「きちんと自分の力で気持ちを伝えなさい。伯爵家として動くのはそれからだ。いいね?」
「はい、父上」
◇◇◇◇
「そう、そんなことがあったの」
「言葉が出ないなら手紙で伝えようと、挑戦したことはあった。でもなぜか『好き』だとか『結婚したい』と書こうとすると、手が固まって動かなくなる」
「まあ、手紙も」
「口で言えなかったのも見ての通りだ」
アルバートはしゅんと項垂れている。こんなに元気のない彼を見たのは初めてかも。
「レオナに他の男から婚約の打診をされないよう、いつも側で牽制するしかなかった。卒業を前にして、本当にどうにかしなければと焦っていたんだ。急に避けたりしてごめん」
「もういいの。でもひと言いってもいい?」
「なんだ?」
「精霊様、順番がおかしくないですか!?」
アルバートは一瞬ポカンとしたあと、プッと吹き出した。
「あはは、たしかにな。それが大人の言いつけを守らなかった俺への罰だったんだろうけど」
「だったら、ちゃんとやり直して」
「えっ?」
「順番通り、やり直して」
「お、おぅ」
アルバートは私の方へ向き直すと、咳払いをして喉を整えた。
「レオナ、ずっと好きだった。俺と結婚してください」
「はいっ、喜んで!」
アルバートはパァと表情を綻ばせると、頬に手を当て優しく口づけをくれたのだった。
「お前、あの祠壊したんか!」を異世界バージョンで書いてみました。
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