通知音
これは私が大学生の頃、友人のAから聞いた話です。
四回生の夏。
Aが一人暮らしのアパートで眠っていた深夜。
当時の交際相手だったBから届いたメッセージの通知音で目が覚めました。
『こんばんは』
『いまどこ?』
『家にいる?』
『会いたい』
Bはときどきヒステリックになる女性だったので、Aは「またか」と思いました。それは発作的なもので、大抵は時間が経てば落ち着くので、眠かったAはスマホをサイレントモードにしました。
しばらくして再び眠りにつきそうになったとき、スマホの通知音が鳴りました。
鳴るはずのない音に驚いたAがスマホを手に取ると、実に五百件以上のメッセージが届いていました。
『許して』
『怒らないで』
『寂しい』
『声が聞きたい』
Aは不思議に思いながらも、Bのヒステリーがいつもより激しいことから、Bに電話をかけることにしました。
しかし、呼び出し音がいくら鳴っても、Bは電話を取りませんでした。
電話を切ると、呼び出しをかけていたその間にも、さらにたくさんのメッセージが届いていました。
『会いたい』
『大好き』
『抱きしめて』
『愛してる』
Aは混乱しながらもう一度電話をかけてましたが、やはりBが電話に出ないので、今度はメッセージで返信しました。
「大丈夫?
いま電話したけど
出れる?」
すると今度は、それに対するBからの返信がなく、今まで届き続けていた大量のメッセージもそこで止みました。
何だったんだと思いながら、スマホを枕元に置いて、再び布団に入りました。
ワンルームのアパートの、ベランダに出る大きな窓ガラスにくっつけたベッドで横になり、一度冴えてしまった目を瞑って、なかなか寝付けず悶々としていましたが、しばらくすると意識を失いました。
ふと、窓ガラスを小石が弾くような音に目を覚ましました。
ノックされているような、不規則な音でした。
体感的には眠りについてからほんの数分後のことで、恐る恐るカーテンを開けると、音の正体がわかりました。
それはカブトムシでした。
ツノのないメスのカブトムシが、窓ガラスに向かって何度も飛んでぶつかっているのです。
見ると、光に寄ってきているようで、カブトムシの体は室内から漏れた光に照らされていて、カブトムシもその強い一点の光に向かって飛び続けていました。
カブトムシが目掛けて飛んでいたのは、窓ガラスとベッドの隙間に落ちたAのスマホでした。
スマホは懐中電灯の機能がオンになっていて、強い光が窓の外へ漏れていました。
〈土曜日 2:49〉
拾い上げたスマホにはそう表示されていました。
バックライトの眩しい、黒い画面が映っています。
開かれていたのは写真フォルダで、少し前の時刻で動画が撮れていて、それをループ再生している状態のようでした。
内容は暗闇を撮影したもので、何も映っていませんでした。
寝ている間に手が触れて、ライトと動画撮影を誤操作してしまったのだろうと呑気に考えて、そのときはスマホのライトを消し、動画を削除しました。
しかし、ライトを消しても、カブトムシは窓ガラスに何度もぶつかってきました。
やがて飛ぶ体力を使い果し、ベランダに転がって動かなくなりました。
後日、Bが失踪したと聞きました。
警察から事情を聞かれ、最後にやりとりしたメッセージを見せると、憐れむような表情をされたそうです。
一人になってから、Aは動画のことを思い出しました。
写真アプリの中から、削除データのフォルダを開くと、黒い動画データは一つではなく、無数に削除されていました。
その中の一つを復旧して再生してみると、今までスマホの音量を下げていたので気づきませんでしたが、音声が録れていることがわかりました。
聞いてみると、女性の金切り声で
あけてえええええ
たすけてええええええ
という音割れするほどの叫びが収録されていたそうです。
私が話を聞いてから、しばらくしてAは大学に来なくなり、中退したという噂だけ広まって、連絡が取れなくなりました。




