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ココロの寄り道  作者: まんたん


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2.姉と妹



子供達と篠原さん、如月さんが帰り、夕焼けで空が赤く染まった頃。

そろそろお店を閉めようかなと立ち上がると、店の入り口にふと影が差した。




顔を上げると、そこにはスーツ姿を身にまとった人物が。

誰であるか特定できないのは、顔が夕焼けの眩しさに隠されていたから。



「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」




満天のスマイルを浮かべながら話しかけるが、相手は特に目立った反応は見せない。

そればがりか店内に入ることなく、入り口で立ち尽くしている。




数秒待っても、その人は動こうとしない。

私は訝しんで、眩しさに耐えながら目を凝らしてみると、走ってきたのだろうか、肩が激しく上下に揺れていた。



大丈夫ですか?と声を掛けようとしたところで、背後から小さな声が聞こえた。



「片付け、手伝うよ⋯」



私が振り向くと、そこには妹の柑奈(かんな)が立っていた。

少し大きめの淡いパステルカラーのボアパーカーに、お揃いのショートパンツ。そして膝上までを覆うニーハイという装いは、秋の寒さから身を守るための防寒着でありながら、彼女の愛らしさをこれ以上なく引き立てている。

ラフな部屋着を完璧に着こなしている彼女の、透き通った肌には若さゆえの張りがあり、造形そのものの美しさと、中学生らしいあどけなさが同居した顔立ちは、誰もが思わず目を奪われるほどだ。


そんな誰よりも可愛いの柑奈は、現在、中学三年生。 つまりは受験生で、来年は私と同じ高校に入学するために勉強に励んでいる、頑張り屋でとっても可愛い自慢の妹なのである。



だが、今日の柑奈はどこかいつもと様子が違った。顔を俯かせたまま立ち尽くし、その指先は微かに震えている。



「勉強お疲れ様。ここ冷えるから、先に温かいお茶飲もっか」



「うん⋯」



コクリと頷くが、彼女は俯いたままで動こうとしない。

―――ここまで口数が少ないのは珍しい。



「柑奈。ちょっと、こっち来て」


「?」


私の手招きに、顔を傾げながらもゆっくりと近づいてくる。




目の前まで来た柑奈を、私は自分の懐へ招き寄せた。

いつでも私がそばにいると伝えるために、その小さな体を強く抱きしめる。



「今日も一日お疲れ様。柑奈はよく頑張ってる。継続して行うことは大事なことで、それができる柑奈はすごく立派だよ」


「⋯お姉ちゃん?」



呆然と私を見上げる柑奈に対して、私は彼女の耳元で、優しく語りかけた。



「柑奈は偉いんだよ。自分の勉強で大変なはずなのに、終わったらこうしていつも手伝いに来てくれる。私はその気遣いが、すごく嬉しい。だから、これはそのお返し」



サラサラで艷やかな髪に指を通して、優しくゆっくりと撫でる。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


腕の中で柑奈が微かに微笑んだように感じて、私も自然と笑みがこぼれる。

さて――と視線を入り口へ戻し、固まったままのスーツ姿の人に声を掛けた。



「そちらの方もよければ、お茶かお水をお出ししましょうか?」



目の前の人物は、ハッとしたかのように体をビクつかせる。

夕日がゆっくりと傾く中で、やっとその人の顔が露わになる。




大学生くらいだろうか。

きれいな顔立ちだが、どこか思いつめた表情。

彼女は、少しだけ息を整えて口を開いた。


 

「……いえ、お構いなく。気を使わせてしまってすみません。私は、天霧(あまぎり)琴音(ことね)と申します。大学で臨床心理学を学んでいます」



礼儀正しく頭を下げ、話を続ける。



「本日、伺いましたのは――妹さんからご相談を受けたためです。

水瀬莉緒さん、もしよろしければ……あなたのカウンセリングをさせていただけませんか?」




「……はい?」




思わず声が裏返った。

それも無理はないと思う。

だって、あんな思い詰めた表情をしていたから、てっきりおばあちゃんの関係者だと思っていた。それが、実は私のカウセリングに来たという⋯びっくらポンである。

他人から見て、私はそんなに不安定なのだろうか。自覚がない分戸惑いも大きい。




    




 




とりあえず、外で立ち話もなんだからと、暖房の効いた居間へと彼女を招き入れた。



「えっと、二人は、いつ頃お知り合いに」



なんだか、妹が連れてきた恋人に探りを入れる姉のような、妙な緊張感で問いかけてしまった。



「実習生として青木中学校に赴いた際、柑奈さんと出会いました」



なるほど。去年、妹から実習生が来ていたという話を聞いた気がする。たぶん。

後で確認しておこう。



「今回は、柑奈さんから『お姉ちゃんが心配』だと相談を受けまして……お宅を訪問させていただきました」



「ごめん、お姉ちゃん⋯。事前に話したら受けてくれない気がして」




隣で、柑奈が消え入りそうな声で白状する。

正直、突然のカウンセリングで驚いてはいるが、不満があるわけではない。

逆に、妹が心配するほどの弱さを見せていた自分自身に失望しただけ。



「私こそ、ごめんね」



私は自身の不甲斐なさで沈んだ心を悟られないように、優しく目を細めてから、視線を柑奈から天霧さんへと移した。



「あの、それで。カウンセリングって、具体的には何をするんですか?」


「まずは、日頃の生活や学校についてお聞かせいただけますか?」


「はい!それなら、全然答えられますよ」


「!は、はい。それでは、よろしくお願いしますね」






 

そこから、カウンセリングが始まった。

私は天霧さんの質問に淀みなく答えていく。雑談を交えながら、天霧さんは、ひたすら私の話に深く頷き、共感を示してくれる。それだけでなく、彼女は私のささいな言葉から関心事を的確に汲み取り、驚くほど自然に会話を広げてくれた。


その気遣いは素直に嬉しい。


けれど、不思議なことがあった。


私が答えれば答えるほど、天霧さんの表情は曇り、色が失われていく。



「そ、その……次の、質問、ですが……」


声が震えていた。何かあふれ出しそうなものを必死に抑えるように。


私はそっと近づき、天霧さんの手に自分の手を重ねる。 彼女の手は冷たく、凍りついたような表情で、私を見つめ返す。


「……これは?」


「天霧さんの手、震えていたので……。こうして揉んでいれば、少しは温かくなるかなと」



私は包み込んだ手に、体温を分けるようにゆっくりと力を込める。



「どうして⋯私に。私の方が、私がそうしないといけないのに⋯!」



「⋯天霧さんの気遣いは、十分伝わってます。ただの仕事としてではなく、私を見て、私のために話してくれて⋯嬉しかったんです。だから、これは私から天霧さんへの感謝の気持ちです。どうか受け取ってください」



「ち、違うの!⋯全然足りなくて!私はまだ何も…!」



「そんなに、自分を責めないでください。天霧さんの言葉は、機械が吐き出す熱なんかよりもずっと……私の心を優しく温めてくれました。私にとっては、それで十分なんです。このぬくもりが全てなんです」


私は、ゆっくりと彼女の体に自身の体を重ねた。


「ほら、すごく温かいでしょ?」


「!…っ」



重なる鼓動。

天霧さんは小さく息をひくつかせ、堰き止めていた何かが、今にも溢れ出しそうになっていた。




体を重ねたまま沈黙が続く。

そんな静寂な空間に「お茶、持ってきました」と、柑奈が入ってきた。




「柑奈、ありがとう!ナイスタイミング!

さあ、天霧さんも温かいお茶飲んで、一息つきましょう~!

もし、悩んでたり、苦しかったりすることがあるようでしたら、相談に乗りますよ!

私は今日、天霧さんと話せてかなりリラックスできたんで、気軽にどうぞ!」




空気を変えるために明るく振る舞ったが、

どうやら、柑奈には逆効果だったようで、彼女は天霧さんに凄まじい眼力を向けた後、不満げに私を見つめた。



「⋯何でお姉ちゃんがこの人の相談に乗ってるの? 今日はお姉ちゃんのために……」



彼女の言葉は途中で途切れ、顔を俯かせる。



「ごめんね、柑奈。私のために気を使って、天霧さんを呼んでくれたもんね。でも、やっぱり目の前に苦しんでいる人がいて、それを見過ごして自分だけ楽になることはできないの」


「⋯」


顔は俯いたままだが、柑奈は拳を強く握りしめていた。



「来週、柑奈が見たいって言ってたあの映画、一緒に見に行かない?受験勉強も大切だけど、たまには息抜きも必要だと思うの。それに、帰りはミスドに寄って、好きなドーナツを好きなだけ買っちゃおう!もちろん、映画もミスドも全部、私のおごりだよ!」


「…⋯。分かった。でも奢らなくて大丈夫」


「ありがとう、柑奈」


柑奈は、天霧さんを鋭く睨み付けた後、少し乱暴に部屋を出た。



「えーと、それで何か、相談できることはありますか」



天霧さんは、何かを言いかけようとして、けれどもそれを飲み込むように何度も唇が小刻みに動く。

瞳も留まることなく、彷徨い続けていた。



それでも、私は彼女の手を解かず、ただ静かに見つめ続けた。

逃がしてはいけない。あなたの痛みも、苦しみも、私が全て受け止めるから。



私の視線から逃れるように俯いた彼女だったが、やがて、堰を切ったように言葉が漏れ出した。



「……本当は、私からこんなことを言うべきじゃないんです。分かっています。でも、やっぱり私にはできなかった……」



背後からダン!と力強い衝撃音が響いたが、私は正面の彼女から目を逸らさない。


彼女は震える唇を噛み締めた後、僅かに理性が残った目で私を見つめ、絞り出すような声で言った。






 



「‥‥‥私だけの力じゃ、妹を救うことができないんです。だからどうか……妹を救う手助けをしてほしいんです‥」






 






 






 








 < ある者 の独白>


 なぜ、私はあんなことをしたのだろう。


 本当に彼女のためを思っての行動だったのか。




 なんの根拠もない、むしろ彼女を深く傷つける可能性の方が高かった。


 それでも行動に移したのは、きっと自己満足のためだ。




他者を慈しみ、救うことで自分の中に「感動」や「喜び」という対価を得たいだけ。


つまるところ、私の行動も、言葉も、その全ては――






 

 エゴで出来ている。







 人が思考し、行動する中で、最も醜く、そして最も強い動機だろう。






 





 ――でも。


私の行為は、本当に「エゴ」なんて一言で片付けられるものなのだろうか。

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