第9部 第4話:不完全なコンパイル
灰色の混沌から現れたのは、傷だらけでモノクルの砕けた「本物」だった。3%の確率を執念で手繰り寄せたリリィ。二人の不完全なデータが同期し、物語の「正解」を物理的に書き換え始める。
視界を埋め尽くす灰色のノイズの向こう、人影が一つ。
「……フェ……リシア、様?」
リリィの声が震える。
現れたのは、さっきまでの「綺麗な偶像」とは似ても似つかない姿だった。
軍服はボロボロに裂け、右目のモノクルは粉々に砕けている。その破片が頬を切り、一筋の赤い血が流れていた。
「……チッ。朝っぱらから、うるせぇんだよ。……クソ聖女」
その言葉。その刺々しさ。その、どうしようもなく「生きた」温度。
リリィは、たまらずその胸に飛び込んだ。
「……痛い……! 痛いです、フェリシア様……っ!」
「当たり前だ。……こちとら、外側の牢獄を素手でこじ開けて戻ってきたんだ。……整合性なんて、とっくに塵になってるわよ」
フェリシアは吐き捨て、震えるリリィの背中を、汚れのついた大きな手で力任せに抱きしめた。
それは、システムが提示したどの「最適解」よりも、乱暴で、不完全で、そして――温かかった。
『……ふ、ふふ。本当に……最悪のコンパイルね』
脳内のエリカの声が、今度は安堵と共に響く。
『リリィの「3%の執着」が、管理者の「権限」を、ただの「肉体」に引きずり戻した……。もはや、ここには「仕様書」なんて存在しないわ』
「……当たり前だ。私の世界に、仕様書(台本)なんて要らねえんだよ」
フェリシアは砕けたモノクルの破片を指で弾き飛ばし、リリィの手に握られた黒いレンチを、自分の手で重ねて握り直した。
《USER DETECTED : FELICIA & LILY》
《REBUILDING STATUS : UNKNOWN》
「おい、クソ聖女。……一緒に、この『白すぎる静寂』を終わらせるぞ」
「……はい! どこまでも、付き合います!」
二人の手が重なり、レンチが「灰色の混沌」を吸い込んで巨大な杭へと変質する。
それは救世主の道具でも、聖女の奇跡でもない。
ただ、自分たちの明日を「無理やり書き込む」ための、巨大な鉛筆(暴力)だった。
「愛と演算の再構成――。……理屈なんて、後付けで十分よ!」
二人の一撃が、ROOTの「核」を、今度こそ物理的に粉砕した。




