第8部 第6話:共犯者のコンパイル
ROOT権限を手中に収め、世界はかつてない安定を見せる。だが、それはリリィと、彼女の脳内に溶けたエリカによる「偽りの支配」に過ぎない。フェリシア不在の玉座で、二人の共犯者は次なる再構成の時を待つ。
管理室の回路は、リリィの体温を吸って微かに熱を帯びていた。
《ROOT AUTHORITY:LILY & ERICA_LOG》
《SYSTEM STATUS:STABLE》
リリィはレンチをコンソールの端に立てかけ、深く、長く息を吐いた。
「……終わったな。一応は、だけど」
『お疲れ様、クソ聖女。……私の計算をこれほど雑に扱う人間は、あの女以外に初めて見たわ』
脳内に響くエリカの声は、実体があった頃よりもどこか親密で、しかし相変わらず毒を含んでいた。
「うるせぇ。アンタの『完璧な管理』のおかげで、世界が壊れずに済んでんだろ。……感謝してやるよ」
二人は並んで――あるいは一つの意識の中で、画面に映る世界の「静寂」を眺めた。
紛争も、飢餓も、誤差もない。
第1部でフェリシアが「クソゲー」と呼んだ、あの無菌室のような平和が、リリィの手によって再現されていた。
「……フェリシア様は、まだ、目覚めないのか?」
リリィが問いかける。ROOTの深層、未定義領域(NULL)に保存されたフェリシアのデータは、依然として沈黙したままだった。
『……ええ。今のこの世界は、まだ彼女を「異物」として拒絶している。……この「正しすぎる平和」を維持し続ける限り、あいつの居場所は生まれないわ』
「じゃあ、いつかまた、私がこれをぶち壊す日が来るってことか」
『……ふふ。その時は、私の演算も道連れにする覚悟をしておきなさい。……でも、今はいいわ。この「束の間の仕様通り(ハッピーエンド)」を楽しみましょう』
リリィは、玉座に座る自分を遠隔視界で眺めた。
人々が跪き、救世の聖女を称えている。
隣にフェリシアはいない。代わりに、脳内に宿敵の声がある。
「……よし、準備は整った」
リリィは立ち上がり、黒いレンチを肩に担ぎ直した。
「待ってろよ、フェリシア。次は、アンタをこの平和から引きずり出してやる」
白い光が管理室を満たし、世界は一度、深く呼吸をするように安定した。
それは、暴風雨の前の、あまりに不自然で、あまりに美しい「凪」だった。
二人の共犯者は、静かに笑みを交わし(あるいは同期し)、次なる地獄へのカウントダウンを始めた。
明日の同時刻に第9部を投稿します。




