第8部 第3話:解析の衝突(ロジカル・デスバト)
ROOT権限への強引な介入は、回路の拒絶反応を引き起こす。慎重な解析を説くエリカを、リリィは「生温い」と一蹴。リリィの黒いノイズがシステムの仕様を焼き切り、世界が悲鳴を上げる。
回路の海が、赤黒く変色し始めていた。
《SYSTEM ALERT:INTRUSION DETECTED》
「待って、リリィ! 今のノイズは過負荷よ。このままじゃ、あなたの精神データまで焼き切れるわ!」
半透明のエリカが、自身の崩壊を顧みずリリィの腕を掴む。
「……放せよ、旧型。焼き切れる? 上等だ。私の脳みそが焦げる前に、このクソッタレな世界の仕様書を灰にしてやる」
リリィの瞳には、かつての聖女の慈愛など欠片もない。モノクルこそ嵌めていないが、その視線はフェリシア以上に冷徹に「バグ」を探していた。
「無茶よ! 構造を理解しなさい。ここは感情で殴って勝てる場所じゃない!」
「理解? んなもん、フェリシア様が外側でやってんだろ。私の仕事は、あの人が戻ってくるための『穴』を物理で広げることだ!」
リリィはレンチを振り上げ、エリカの静止を物理的に振り払った。
ガンッ!! と、何もない虚空を叩く。
衝撃波が走り、回路の波形がぐちゃぐちゃに折れ曲がる。
「……見て。パターンの繰り返し? 効率化? 笑わせんな」
リリィは剥き出しの敵意で、モニターに映る「世界の秩序」を指差す。
「同じことの繰り返しなんて、死んでるのと一緒だ。私は、この『綺麗すぎるループ』が一番嫌いなんだよ!」
レンチから黒い稲妻が走り、エリカの「慎重な解析」を上書きしていく。
解析ではない。蹂躙だ。
エリカの計算式が、リリィの暴力的なノイズによって強制的に書き換えられていく。
「な、何をするの……っ。論理が……私の存在定義が、汚されて……!」
「黙って見てろ。アンタの『正しい世界』が、私の『クソみたいな愛』に負ける瞬間をな」
リリィがレンチを回路の核心へ突き刺す。
瞬間、無音。
そして、世界が初めて「嫌悪」を剥き出しにした。
《ACCESS GRANTED : SYSTEM ANALYSIS COMPLETE》
《WARNING : DATA CORRUPTION 42%》
「……はは、やった。穴が開いたぞ」
リリィは口の端に溜まった血を拭い、狂気的な笑みを浮かべる。
「……あなた、本当に……フェリシアよりもタチが悪いわ」
エリカは恐怖に震えながら、自分を浸食する「黒い愛」の熱に焼かれていた。
二人の共闘は、もはや救済ではない。
世界を道連れにする、無理心中への序曲だった。




