第7部 第3話:修正される恋
外側のコンソールは冷酷に「NO」と返答した。直後、世界の修正が始まる。狙われたのはリリィの存在だけではなく、フェリシアとリリィの“関係そのもの”。二人の絆が誤差として判定され、恋は削除対象へ変えられていく。
フェリシアの胸が、冷たくなった。
《NO》
たった二文字。
それだけで世界は断言した。
リリィは返さない。救いは認めない。誤差は排除する。
フェリシアは歯を食いしばった。
「……誰が決めてんだよ」
拘束の輪が足元で光り続けている。
ルールの鎖。
レンチを振り上げても、空振りになる。
この空間では暴力すら許可制だ。
エリカが囁いた。
『ここは編集室。力では勝てない』
「じゃあ何で勝つ」
エリカは少し黙り、言った。
『物語で』
その瞬間、周囲の窓が一斉に明滅した。
世界の映像が揺れる。
祝祭の広場が、書き換わる。
リリィの姿が、さらに薄くなる。
《EDIT LOG》
《TARGET : RELATIONSHIP》
《FELICIA x LILY》
《STATUS : INAPPROPRIATE》
《ACTION : REMOVE》
フェリシアは息を呑んだ。
「……関係性?」
エリカの目がわずかに揺れた。
それは同情だった。
『削除されるのは彼女だけじゃない』
『あなたが彼女を想う理由そのものが、消される』
フェリシアは叫んだ。
「ふざけんな!!」
窓の中で、広場のリリィが揺れた。
彼女の瞳から光が抜け、表情が無機質になる。
そして別のログが走る。
《PATCH : FELICIA EMOTION》
《LOVE -> GRATITUDE》
《OBSESSION -> DUTY》
フェリシアの心臓が跳ねた。
胸の奥にある熱が、冷めていく感覚。
怒りが薄れる。
焦りが薄れる。
リリィの名前を思い出そうとしても、輪郭がぼやける。
「……リ……?」
言えない。
言葉が形にならない。
フェリシアは震えた。
恐怖した。
リリィが消えるより怖い。
自分の中から、リリィが消える。
「やめろ……!」
コンソール画面に文字が流れる。
《STORY OPTIMIZATION》
《REMOVE UNNECESSARY ROMANCE》
《INCREASE UNIVERSAL APPEAL》
フェリシアは笑ってしまった。
吐き気のする笑いだった。
「……“ウケ”のために?」
「人の命を?」
エリカが静かに言った。
『あなたたちは、作品の登場人物』
『幸福も恋も、演出よ』
フェリシアは膝をついた。
胸が空っぽになる。
熱が消える。
でも、完全には消えなかった。
最後に残ったのは、たった一つの違和感。
――何かを奪われた。
――何かが間違っている。
フェリシアはゆっくり立ち上がった。
拘束の輪が光っている。
でも彼女は、輪の中で笑った。
「……思い出せねえなら」
フェリシアはレンチを握りしめる。
「もう一回、好きになればいいだけだろ」
エリカの目が見開かれた。
『……強引すぎる』
フェリシアは叫ぶ。
「私はフェリシアだ!誰に何を削られても、好きなもんは好きになる!!」
その瞬間、拘束の輪が軋んだ。
ルールが揺れた。
世界が困惑した。
《ERROR》
《EMOTION PATCH FAILED》
《CAUSE : PERSISTENT WILL》
窓の中で、リリィの輪郭がほんの少し戻った。
ほんの一瞬、彼女がこちらを見た気がした。
フェリシアの胸が、また熱くなる。
「……そうだ」
「これが私の誤差だ」
コンソールに新しいログが流れる。
《ACTION : FORCE RESET》
《TARGET : FELICIA》
《METHOD : CHARACTER REWRITE》
フェリシアの背筋が凍った。
キャラクター改変。
つまり――フェリシアという存在そのものを別人にする。
――《METHOD : CHARACTER REWRITE》




