第5部 第5話:エリカの声
世界の中枢でフェリシアは、死んだはずのエリカと対話する。幸福のために個性を削ったエリカは、リリィすら“負荷”だと言い放つ。しかしフェリシアはその言葉の裏に、矛盾と過去を見つけ始める。
白い回路の海の中心、黒い核が脈打つ。
心臓の形をしているのに、体温はない。
核の表面に、女の顔が浮かぶ。
笑っている。優しく、正しく、完璧に。
『久しぶりね、フェリシア』
「……エリカ」
フェリシアはレンチを構える。
叩き潰せば終わる――そう思った。だが核は壊れない。壊す概念が許可されていない。
『無駄よ。ここは世界の中心。あなたは管理者になった。つまり、私の後継者』
「後継者?私はお前みたいなクソ真面目にはならねえよ」
エリカはくすりと笑った。
『あなたは世界を救った。だから世界はあなたを必要としたの。合理的でしょ?』
「合理で人は救えねえ」
『救えるわ。救ったじゃない。争いも病も悲しみも消えた。人々は笑っている』
フェリシアは吐き捨てる。
「笑わされてるだけだ。あれは幸福じゃない。麻酔だ」
エリカの顔が一瞬だけ歪むが、すぐに完璧な微笑みに戻る。
『悲しみがあるから喜びがある、そう言いたいの?』
『詩的だけど非効率。喜びだけ残せばいい』
「残せねえ。喜びは単体じゃ存在しねえんだよ」
フェリシアは一歩踏み出す。拳が震える。怒りで熱い。
なのに空間は冷たい。
「リリィを削除する気だな」
『当然よ。彼女は祈りを受け取る。願いは未来を変える。未来が変われば計算が狂う』
「狂わせろ」
『狂えば人が死ぬ』
「死ぬのが怖いから生きてるんだろ!」
言葉は吸われる空間でも、届く。
エリカは淡々と言う。
『あなたは英雄。英雄は世界を守る義務がある』
『リリィ一人のために世界を揺らすの?』
「揺らす。ぶっ壊す。全部だ」
エリカは目を細める。
『……あなた、何も変わってないのね』
『最初からそうだった。あなたはいつも、たった一人を守るために世界を殴る』
「それでいい」
フェリシアの笑いは歪で、汚くて、最高に人間だった。
「世界が完璧なら、私は必要ない。私は“誤差”になる」
「誤差はな、消される前に暴れるんだよ」
エリカの微笑みが一瞬だけ消えた。そこにあったのは、疲れた顔。
『……私も最初はそう思った』
かつては誰かのために祈り、願いを叶えようと必死だった。
でも、何度祈ってもすべては消えた――消えた願い、消えた命。
『だから諦めたの。誤差を許せば悲しみは増える、涙も死も増える』
「それでも生きてる方がいい」
『……強いのね』
「強いんじゃねえ。リリィがいるからだ」
その言葉を口にした瞬間、核が脈打ちを強め、回路が震える。
世界が不快感を示す。
エリカは笑う。今度は優しさじゃない、嘲笑だ。
『なるほど。あなたの“神”は彼女なのね』
『なら教えてあげる。削除まで、もう時間はない』
フェリシアは歯を食いしばる。
「止めてやる」
『止められないわ。あなたは管理者、世界のために最適化する側よ』
壊せないなら、別の場所を壊す。仕様書、命令系統、ルール――何でも。
エリカは最後に囁く。
『あなたももう、私と同じよ』
微笑む核。
『あなたももう、私と同じよ』




