第5部 第4話:誤差の中の怪物
リリィ削除のカウントが動き出す。フェリシアは管理者権限で世界の内部へ潜り、幸福を計算する仕様書と削除機構の全貌を目の当たりにする。そして最奥に、死んだはずの名前を見つけた。
世界の裏側は、静かすぎた。
フェリシアの意識は玉座に縛られたまま、視界だけが深く沈む。
王城の壁を抜け、街を抜け、地面を抜け、さらに奥へ。
そこにあったのは、闇ではない。
光だ。
白い回路が無限に伸び、数字と文字が川のように流れている。
《PROCESSING…》
《OPTIMIZATION…》
《CORRECTION…》
「……気持ち悪い」
フェリシアは呟く。
世界が生き物じゃなく、計算機に見える。
奥へ進むほど、音が消える。
怒りも悲しみも、笑い声も、すべてが沈黙する。
ここは感情の墓場だ。
フェリシアはモノクルでログを掴み、強引に開いた。
《PROJECT : PERFECT PEACE》
《GOAL : STABILITY 100%》
《REMAINING ERROR : 0.000%》
誤差ゼロ。揺らぎゼロ。
「……揺らぎがない世界なんて、死体だろ」
さらに下に、削除手順が記録されていた。
《STEP 01 : DETECT IRREGULAR EMOTION》
《STEP 02 : CORRECT》
《STEP 03 : IF UNCORRECTABLE, DELETE》
淡々とした文章。
薬ではない、毒だ。
人間を人間でなくす工程表。
そして、リリィの項目。
《RESOURCE : SAINT LILY》
《ROLE : PRAYER RECEIVER》
《RISK : HIGH》
《ACTION : DELETE》
フェリシアの視界が赤く染まる。
拳が震える。
怒りは熱いのに、世界は冷たい。
「祈りが危険?……じゃあ世界は、願いが邪魔って言うのかよ」
願いは、未来を変える。
未来が変わると、計算が狂う。
だから消す。
「……ふざけんな。願いがなけりゃ、生きる意味がねえだろ」
フェリシアはログの最奥へ進む。
そこには管理者領域があるはずだ。
世界を動かす“中枢”。
回路の海を抜けると、扉が現れた。
禁域の扉と同じ形。白く、完璧で、開いている。
フェリシアは笑った。
「開いてる扉ほど怪しいんだよ」
中に踏み込む。
静寂の部屋。椅子も机もない。
中央に、黒い核が浮かぶ。
心臓のように脈打つが、温度はない。
核に近づいた瞬間、声がした。
『遅かったじゃない』
女の声。
懐かしく、吐き気がするほど嫌な声。
フェリシアの背筋が凍る。
核の表面に文字が浮かぶ。
《ADMINISTRATOR : ERICA》
「……エリカ」
死んだはずの名前。
幻ではない。世界の中枢に刻まれている。
核が脈打つたび、声が続く。
『ようこそ、フェリシア。私の世界へ』
世界の秩序、幸福、削除の理由……すべてを理解した瞬間、フェリシアは決意する。
「願いも、揺らぎも、誰かのための誤差も……全部、守る」
そして、次の戦いの幕が静かに上がった。




